指折り数えるクリスマスと守りたいもの。

クリスマス

大人も子どもも大騒ぎのハロウィンが終わったと思ったら、息つく間もなく街はクリスマスの準備にかかっているようですね。

ハロウィンやイースターなどの行事ごとが増えているとは言え、やっぱりクリスマスは特別なものです。

わたしは、小学校五年生までサンタクロースを信じていました。
それからはサンタクロースは親なんだと思って生きてきましたが、最近になってやっぱりサンタクロースはいると思っています。

サンタクロースを信じる力のある子どものところには、ちゃんとサンタクロースはやってくるのだと。

今回は、自分たちは子どものサンタクロースなんだと信じてクリスマス準備をする夫婦のお話です。

本編

マンション 「ただいま」
 河上裕太は、いつものように家族を起こさない程度の小さな声で帰宅の挨拶を済ませた。

裕太の勤める住宅メーカーは、消費税の引き上げ後もその勢いを緩めることはなかった。
 五年と半年も前に東北で起きた地震の復興はなおも道半ばだったし、今年の四月には熊本でも地震が起きた。

 もちろん、そういった自然災害とは関係なしにも、人々は家を建てる。多くの人口がひしめき合うこの島国で、土地の隙間を見つけては新しいマンションが建っていく。

 いっぽうで世間では少子高齢化の危機が叫ばれ、政府は日本人口を増やすためにあれこれと政策を打ち出しているが、それもピントが外れているのだと妻の優里は笑っていた。

 裕太は近ごろ、そういった何もかもに疲れていた。日本がどこに進もうと、勤める会社がどんな経営方針をとろうと、裕太にできることはただがむしゃらに働くことだけだった。

 考える暇もなければ、そこにエネルギーを割くのさえ惜しかった。
 裕太には守るべき妻と、九歳の頼もしい息子と、三歳の天使のような娘がいた。彼らを守るのは、自分しかいないのだ。

 時代遅れの夫的価値観かもしれない。今の時代、家庭を持っても夫婦がお互いに自立し、仕事だけではない「自分らしさ」みたいなものを持って生きていくのがスマートなのかもしれない。

 でも、と裕太はいつもそこで考えるのをやめる。
 俺みたいな人間がいたって、俺たちみたいな家族がいたって、いいじゃないか。

 背中で静かに閉まった玄関ドアの音を聞きながら、マフラーを外して靴を脱ぐ。
 ついこのあいだまで額に汗がにじんでいるほどだったのに、ここ一週間ほどマフラーなしでは外を歩けない。
 マンションの小さなドアの中には、大小の靴がひしめき合っている。普段の裕太が、ほとんど唯一家族を感じる瞬間だった。

 また裕太の知らないあいだに、季節が二つくらい巡っていた。

 「優里。起きてたのか」
 いつもどおり電気の点いたままのダイニングには、いつもとは違って妻の優里が寝間着のまま背中を向けていた。

 「裕太。お帰りなさい」
 そう言ってにっこり微笑む優里は、見慣れたすっぴん顔で裕太を見た。

 「ごはん、温めるね。スーツ着替えてきて」
 優里は、かつてはふわふわとした生地だった淡いピンクのパジャマと、それに合わせたしま模様の靴下姿でキッチンに向かった。結婚したころから、もう十年も同じパジャマを着ている。

 「おう」
 いつもはひとりでおかずを温め、ひとりで食べる裕太は、妻の体を気遣いながらもほこほことした気持ちでネクタイに手をかけた。
 本当は冷えた体をまず風呂で温めたかったが、そのあいだ妻を待たせるのも忍びなかったし、今日は妻が先に寝てしまうのもなんだか寂しかった。

 「なに調べてたんだ?」
 二分ほどでスウェットに着替えた裕太は、妻が開いたままにしていたPCをのぞき込んだ。優里はまだ冷蔵庫と電子レンジとコンロのあいだを行き来している。

 「ちょっと待って、今日はだし巻き焼いてんの。久しぶりだから」
 にかっと嬉しそうに笑って目のなくなった顔は、娘の美優の寝顔によく似ていた。

 いや、と裕太は思い直す。美優が優里に似ているんだな、と。美優は起きているとき、どんな顔をするんだったっけ。

 「はい、おまたせ〜」
ココア 深夜の腹に収めるには罪悪感のよぎる量の夜食を並べ、優里のほうはココアの入ったカップを手に食卓に戻ってきた。

 「いっただきま~す」
 裕太は努めて明るい声を出した。
 そのほうが、自分にとっても優里にとってもいいような気がした。

 裕太は、楽しいことがあるから笑うのではなく、笑っているから楽しくなるのだという説を信じていた。

 「あのね、美優にアドベントカレンダーを買ってあげようと思ってるの」
 優里が内緒話をするように小さな声で言いながら、PCの画面を裕太のほうへ向けた。
 だし巻き卵のにおいと、ココアの甘い香りが机の上で絡まり合う。

 「アドベントカレンダー?」
 聞きなれない言葉に、裕太の声がほんの少し大きくなる。

 「そう。知らない? クリスマスまで、毎日カレンダーをめくってカウントダウンしていくの。わくわくしない?」

 優里は、いくつになっても裕太の前では少女のようだった。裕也や美優、ママ友の前では、しっかりお母さんをしているのだろう。
 そう思うと、裕太は誰にも教えたくない秘密の宝物を持っているみたいに、嬉しくなった。

 「もうクリスマス? こないだまでハロウィンって大騒ぎしてたのに」
 裕太はその心のはずみを悟られないよう、わざとため息をついてみせた。

 「ハロウィンも楽しかったんだけど、美優はアレルギーがあるからかわいそうだったのよ。お菓子、ほとんど食べられないんだもの」
 優里は心底つらそうに眉を下げる。

 「見て、いろいろ見つけたのよ。本場のは中身がチョコレートなんだけど、それは美優食べられないから」

 そう言いながら優里がひとつひとつ吟味した品を裕太にプレゼンテーションしていく。

 「毎日違うハーブティーが出てくるのも素敵だと思ったんだけど、三歳の女の子にあげるものじゃないよね。ムーミンもフィギュアがついてかわいいんだけど、予算オーバーなのよね。バイトでもしよっかな」

【SONNENTOR アドベントのお茶 24袋】

【Moomin ムーミン クリスマス フィギュア アドベント カレンダー (24個セット / 2016)】

 「あんまり小さいころから贅沢を覚えると、ろくな子どもにならないぞ」

 「ちょっと、お箸の先向けないでよ」
 優里がいらついたように手を払った。

 優里は、アレルギーを持った美優に罪悪感を抱いていた。それを埋め合わせるかのように、美優にやけに甘く接していた。裕太でさえ違和感を持つほどに。

 「だって、かわいそうじゃない」
 彼女はもう何百回も言った台詞を吐く。
 「今はまだよくても、小学校に上がったらいじめられたりしないかしら」

 「俺たちにできるのはさ、いま三歳の美優と向き合うことだって。小学校に上がったらそういうのが治る子も多いんだろ」

 「今、あなたが美優にどれだけ向き合ってるっていうのよ」
 優里が冷めた目で裕太を睨む。

 まずい。この時間から優里とやり合うエネルギーはない。
 裕太はひとまず折れることにし、話題を引き戻すことにした。

 「オーケー。俺が悪かった。で? 他に予算的によさそうなものは?」

 「これが今のところの第一候補」
 待ってましたと言わんばかりに、優里が誇らしげに画面を見せてきた。

 「わりと有名な絵本作家さんのアドベントカレンダーみたい。この本とセットで買うと、より楽しめるみたいなんだけど……」

 目の前で、優里が上目遣いで裕太を見つめる。
 彼女は、自分の武器を熟知していた。

【The World of Eric Carle(TM) Eric Carle’s Dream Snow Pop-Up Advent Calendar】

【ゆめのゆき 大型本】

 「よし。絵本は子どもの教育にもいいもんな。冬のボーナスでな」
 絵本ってこんなにするのか、と裕太は驚かずにはいられなかった。つくづく子どもに厳しい国だ。

 「で、すごおく言いにくいんだけど」
 言いながら、優里はすでに空になったココアのカップを何度も点検していた。

 「はい」裕太はわずかに緊張しながら妻の次のひと言を待った。

 「美優だけってのもかわいそうだし、できたら裕也にも買ってあげたいの。あの子、普段あんまりわがまま言わないけど、たぶん美優に気遣ってるんだろうし。レゴのアドベントカレンダーってのがあったの。裕也、レゴ大好きじゃない?」

【レゴ (LEGO) シティ レゴ(R)シティ アドベントカレンダー】

 瞬間、ああよかった、と裕太は胸を撫で下ろした。

 優里にはちゃんと裕也のことも見えていた。裕太には、なんとなく裕也が置き去りにされているように感じていたのだ。

 でもそんなのは、杞憂だったのかもしれない。

 「ありがと」優里が心から嬉しそうに言った。
 「クリスマスプレゼントのこともあるから、ちょっと迷ったんだけど」

 「優里は?」裕太は何気なく聞いた。
 「優里は、ほしいものないの?」

 「いつもおかげさまで温かいお風呂に入って、おいしいご飯をいただいています。ありがとうごぜえ〜」
 そう言って優里は、大げさに机に頭を付けた。

 頭の下に揃えた手には、裕太の知らないシワとあかぎれが増えていた。
 またたく間に過ぎていく年月と、妻の苦労をそこに見た気がした。

 自分のパジャマも買わず、肌の手入れに時間とお金もかけず、優里なりに必死で子育てをしているのだ。
 楽をさせてやっているなんて、自分の自惚れだった。

 裕太は明日のことを思った。
 しっかり働かなくちゃな、と。自分の力で大切な人を守れるというのは、なんて素敵なことなんだろう、と。

 目の前の皿にあと二切れ残っているだし巻き卵を、いっぺんに口にほうりこんだ。まだ温かかった。

 優里がおかしそうに笑っていた。

〜後日談〜

 裕太は、優里にぴったりのアドベントカレンダーを見つけたようです。
【アドベントカレンダー クヴォン・デ・ミニム(Le Couvent des Minimes).】

一日ごとに、ハンドクリーム,フットバーム、シャンプー、シャワージェル、ボデイ乳液がひとつずつ出てきます。
これ、女性なら絶対にうれしいですね。

物語に登場したアイテムたち

【SONNENTOR アドベントのお茶 24袋】

【Moomin ムーミン クリスマス フィギュア アドベント カレンダー (24個セット / 2016)】

【The World of Eric Carle(TM) Eric Carle’s Dream Snow Pop-Up Advent Calendar】

【ゆめのゆき 大型本】

【レゴ (LEGO) シティ レゴ(R)シティ アドベントカレンダー】

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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