休学して世界一周なんてしちゃってさ【第2話】

前々回のお話、たくさんの人に読んでいただけたようでありがとうございます。
基本的に一話完結のお話を書いているのですが、何人かの方から「続きがありそう」とのお言葉をいただきましたので続きを書いてみました。
大学生の葛藤は、個人的にかなり気持ちが入ることが多く、ボリュームが多くなってしまいがちです。
今回も、「また続きそう」な終わり方をしているかも……
前回、日本人女性に拾われた海外旅行中の須藤海史朗が、車内でぽつぽつと話し出す【第2話】です。
【第1話】をまだ読まれていない方は、ぜひこちらから。
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それにしても、海史朗は口数の少ない子ですね。
まあ、べらべら話し続ける男よりずっといいですかね。
それでは、いってらっしゃい!
本編
黒の軽自動車に揺られておよそ三十分が過ぎた。
そのあいだ、車内には電波の影響なのかアナウンサーの声質なのかはわからないが、ひどく聞き取りづらいラジオのニュース番組が流れていた。
もっとも、海史朗はドイツ語なんてわからないから、推測するしかない。
大学二年まで習っていた第二外国語としてのドイツ語は、まったく役立たないままに単位の取得と同時に海史朗の脳からきれいに消えていた。
車の中は妙にしんとしていて、余計にラジオの音質の悪さが目立っていた。
海史朗がこの車に乗り込んでからというもの、誰も口をきこうとしなかった。
何か自分が気に障るようなことをしたのだろうか。
それとも海史朗が加わったことによって、このカップルのバランスのようなものが乱れてしまったのか。
あるいは、もともと口数の少ない人たちなのか。
例の日本人女性も、もちろん彼女の夫らしきドイツ人男性も、海史朗からほとんど興味をなくしてしまったかのようだ。
道端で拾った学生をうちへ連れて帰ろうというのだから、少なくともその身元の確認や、世間話のひとつでもして然るべきではないか。海史朗がなにか悪だくみをしている人間かもしれないとは考えないのだろうか。
そこまで考えたところで、不吉な予感が彼を覆った。
彼らこそ、海史朗を使ってなにか悪だくみをしているのではないか。
後部座席で身を固くしながら、海史朗は助手席に座る女性にこわごわと声をかけた。
「あの、僕、あんましお金とか持ってなくて。その」
あからさまに疑いの目を向けるほど失礼な人間ではなく、同時にはっきりと質問をぶつけられるほどの度胸もなかった。
その結果、半時間ぶりに発せられた海史朗の声はかすれ、弱々しく響いた。
「え、お金? 気にしなくていいよん。あたしたちだって、しがない学生クンから搾り取ろうとなんて思ってないから。ソーセージ農家ってね、大変だけどわりに儲かるのよ」
後ろから彼女の姿は見えなかったけれど、その凛とした話し方はジブリ映画に出てくる女性を思い起こさせた。
【魔女の宅急便】
「あんたが大きなバックパックに背負われているみたいな格好でぷらぷら歩いてるの見て感傷に浸ってたら、うずくまっちゃうもんだから助けてあげただけ。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。まあ、海外で警戒心があるのはいいことだけどね。でもどうせ警戒するなら、この車に乗る前に警戒するべきだったね」
途端、ぐいん、っと自動車がスピードを上げた。
「うわっ」海史朗はそのまま後部座席に強く押し付けられた。
「きゃあ、ちょっとミゲル」女性が隣で運転を続ける男性を咎めるように声を上げた。
「はは、ごめんね。若い日本人男性とアミが話しているのを見ると、ちょっとうらやましくなっちゃったんだ」
彼はフロントガラスから視線を逸らさずに、肩をすくめて冗談めかした英語でそう言った。
ヨーロッパを旅行していると、ほとんどの人が母国語と英語をすらすらと話していることを発見する。
そのたびに海史朗はなんとか言葉が通じることに安堵し、日本に来ている留学生と片言の英語を話して満足を覚えていた自分を恥じることになった。
「あの、これつまらないものですが」
車内の空気が和んだ瞬間を逃さないように、海史朗はバックパックから亀田の柿の種の袋を取り出し、そっと前の席に差し出した。
「一ヶ月も僕と旅してるので、砕けちゃってるかもしれないですが」
「わあ、柿の種! あたしこれ、大好きなのよ。もらっちゃっていいの?」女性の声がオクターブ上がる。
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「はい。僕の一ヶ月分の我慢が詰まってます」
海史朗はすでにすっかり気が緩み、冗談を口にできるようにさえなっていた。無意識のうちにも、海外旅行は気が張り詰めているものだ。
そろそろ日本食が恋しくなるころだった。実際、この一ヶ月間のあいだに柿の種に何度も手を出しそうになってはバックパックに突っ込んでいた。
けれど、現地での「出逢い」ってやつにこういうアイテムが役に立つこともネットで調べて知っていた。
我慢してよかった、と女性の喜ぶ声を聞いてそう思った。
「あはは。じゃあ、今晩は久しぶりに和食でも作ろっか」
早速ぽりぽりと音を立てて、彼女が今度は英語で言う。
「Oh、ワショク! 天ぷらがいいな」男性のほうが会話に加わった。
「アイ ラブ ワショク too」海史朗もへへっと笑いながら、なんとかそれだけ言った。
車ってのはいいな、と海史朗は思った。相手の顔を見なくてもいいし、自分の顔を見せなくてもいい。ぎこちない英語でも、ホームシックに陥っていても、自分を無理に作らなくていい気がする。
「で、名前だけ聞いていい? あたしは亜実。こっちは旦那のミゲル」彼女は会話を英語に切り替えることにしたようだった。
「あ、はい。須藤海史朗といいます。東京の大学に通っていて、今四年生。この秋から一年間休学して、いろいろ世界を見たいと思っています。ドイツへ来る前は、スペインから北上してきました」
海史朗は、ミゲルにも伝わっていることを願いながら、一語一語確かめるように自己紹介をした。
「そっか。じゃ、時間あるんだ」亜実さんがニヤッと笑った気がした。
それから亜実さんは、ミゲルとドイツ語で話し始めた。カイシロウ、という部分だけが聞き取れた。
「ね、提案なんだけどさ」亜実さんが座席で身をよじって後ろの海史朗を見た。
「うちでしばらく手伝いしない? 三食寝床付き、ソーセージは食べ放題。一日一本ビールもつける。今、繁忙期なのよ」
「えっ」突然の申し出に、海史朗はとっさに答えられなかった。
同時に、脳内ではめまぐるしくいくつもの天秤が揺れていた。
海外ひとり旅。
旅先での偶然の出逢い。
酪農インターン。
経験、人とのつながり、やりがい。
苦労、悩み、葛藤、その先にあるもの。
成長。
就活のときに両隣から聞こえてきたワードが、頭のまわりにハエのようにたかりだした。両手にじわりと汗がにじむ。
「安心して」
海史朗のひそかな期待、そして焦りや嫌悪を読み取ったかのように、亜実さんが言った。
「別にうちに意味だとか、株価だとか、リーダーシップなんてものはないから。ただ動物たちがいて、彼らを手塩にかけて育てて、殺して、食べるの。それだけ。毎日毎日、そうやって丁寧に繰り返していくだけよ。すっごくおいしいのよ、うちのソーセージ。仕事終わりにビールとソーセージ。最高よ」
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「はは、アミはよく飲むからなあ」
うまく反応できないでいる海史朗に代わるように、ミゲルが言った。
亜実さんの英語を全部聞き取れなかったのだ、ということにしておきたかった。でも、亜実さんは海史朗のためにゆっくりと、簡単な言葉を選んでくれていた。
ただ、海史朗はなんと言えばいいかわからなかったのだ。
意味。
やりがい。
ロジカルシンキング。
ここにいる理由。
自分の長所、短所。
今までずっと頭の中で海史朗をぐるぐる巻きにしていた鎖が、その締め付けを少しだけゆるくした気がした。
「着いたよ」
いつのまにか、あたりは田舎の景色に変わっていた。
枯れた牧草のかおりが、海史朗の鼻をふわりとついた。
物語に登場したアイテムたち
【魔女の宅急便】
キキの行き方も、森のお姉さんの生き方も大好きです
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柿の種とピーナッツには、黄金比率があるそうです。
うちではいつもピーナッツが余ります。
そんな人には、ピーナッツなしバージョン。
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。
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