彼らの年明け(大晦日から元旦にかけて働く人)

夜の会話

あけましておめでとうございます。
みなさんは、どんな年明けを迎えられましたか?

友達とカウントダウンパーティー、家でテレビ鑑賞、深夜の初詣……

ちなみに私は、いつもどおり日が変わる前に寝てしまったので、年越しは布団の中でした。

世の中には、実に様々な年越しがありますね。
今日はそんな中でも、仕事場で年越しを迎えた二人のお話です。

本編

「お、年が明けたな。2017年、タバコ初めだ。一本やるよ」
カミさんが浅黒い手にメビウスを一本挟んで一真のほうへ差し出してきた。

今年二十五歳になる日野一真(ひのかずま)は、パチンコ店のアルバイト中に2017年を迎えた。正確に言うと、パチンコ店のアルバイトの休憩中だ。薄暗い休憩室には、同じタイミングで休憩に入ったカミさんという初老の男性がいた。

「どうも」一真は愛想笑いをする気力もなくタバコを受け取る。
全国で唯一年末年始のオールナイト営業が認められている三重県のパチンコ店は、この二日間全国から訪れる客でごった返す。

「それにしてもあれだな。お前くらいの年のやつは、年明けは仲間とカウントダウンなんかして馬鹿騒ぎしてるんじゃねえのか」タバコの煙でぼやけた顔をしかめながら、カミさんがメビウスで一真を指した。

「もうそんな年じゃないすよ。それに生活もあるし」

「それだよ」カミさんは待っていましたというふうに頷く。
「お前、まともな仕事はどうした。あんまり人の私生活に首をつっこむのは趣味じゃないが、お前みたいな健康そうな若い男がパチンコ屋のアルバイトで年明けなんて、俺としてはちょっと心配になるってわけよ」

「それはどうも」一真はそれだけ言って、もらったタバコに火を点けてもらうためにそれを再度カミさんの方へ差し出した。

「お前それ、質問の答えになってねえよ」カミさんは口にメビウスを咥えたまま器用に煙を吐き出しながら、安物のライターに火を点ける。

「ちょっと」まともに煙を食らった一真は、思わず咳き込んだ。

「俺はさ、リストラに遭っちまって、かみさんに逃げられて、こんな日には神さん頼みのひとつでもしたいってのに。あ、どうもカミと申します」

男のくせにやけにおしゃべりだな、と一真は心のなかだけで思う。カミさんと同じシフトに入るのは、今日で三度目だ。

「まあいろいろあって」一分ほど沈黙したあと、面倒だから早めに休憩を終えてしまおう、と思いながら、一真はふうっと白い息を吐き出す。無数の玉の出る騒音に慣れた耳は、静寂をやり過ごす力を失っていた。

「人生、もっといろいろある」ポケットなにやらごそごそまさぐっていたカミさんは、アゴを上げて一真を一瞥した。

「もうそういうの、いらないです。ここならそんなこと言う人もいないかと思ったのに」一真はあからさまに迷惑そうな顔をしてカミさんを見返した。

「ははは、おもしれえ奴だ」短くなったメビウスを人差し指と親指でつまみ、カミさんは大きな口を開けて笑った。そこには思いがけず、綺麗な白い歯が並んでいる。金歯や銀歯が妖しくきらめき、ところどころ歯が欠けている口内を想像していた一真にとって、それは以外な光景だった。

「確かに、パチンコ屋のアルバイトで年越ししようって奴は、社会の底辺にいるのかもしれない。まったく。そこでは正論なんて意味を持たない。まったく。今遊んでる客と俺らと、どっちが底辺に近いかと言われると微妙なところだな」
カミさんはおかしくてたまらないというふうに、くっくっと笑った。

「今俺らみたいに働いている人間が、世の中にどれくらいいるか知ってるか?」

「さあ」無視するのも面倒で、一真は適当に答えた。もう手の中のメビウスは、消えてなくなろうとしている。
「郵便局の人とか」

「郵便局の人は、いちおう夜中は休んでいる。たぶんな」

「じゃあ、消防士。あと救急隊員と、警察と、電車の運転士と、コンビニ店員と、正月用のビールを運ぶヤマト運輸」一真は無意識のうちに消防士である父親を思い浮かべないわけにはいかなかった。

「そうだ。彼らのおかげで、国民たちは安心して快適な年越しが迎えられる。感謝すべきだな」

「あとテレビに出てる芸能人と、テレビ局の人たち」今では一真はそれなりに会話を楽しんでいる自分に気がついていた。

「そうだ。感謝とまではいかないかもしれないが、彼らのおかげで正月が楽しく過ごせるという人は決して少なくない。そしてテレビは、誰の迷惑にもならない。うるさければ、ぽちっとリモコンを押して電源を切ればいい」

「それに比べて僕らの仕事は」一真は口の端をわざとらしく上げてみせた。

「そうだ。お前は物わかりがいいな。頭のいい若者ってのは、嫌いじゃない。俺は前に大きな製鉄会社に勤めてたんだが、頭のいい若者なんていなかった。どうしてあいつらより先に俺がリストラされなくちゃならなかったのか、今でもわからない」

「製鉄会社よりも、パチンコのアルバイトのほうがいいですか」一真は何かを期待して言った。何を期待していたのかは、自分でもわからない。

「どうだろうな。この仕事は、感謝されるということがない。大晦日や元旦に働いても、負けた客は俺たちに八つ当たりする。そして近隣住民からの苦情が絶えない。いったい何のために眠たい目をこすりながらこんなことをしているんだろうって思うことも多い。ただ、少なくとも自由ではある。俺はここでは、何者にもならなくていい。もう失うものはない」

「それに、給料は悪くない」言いながら一真は薄暗い休憩室で明るくくっきりとした光を放つ自動販売機で、微糖のコーヒーを二つ買い、ひとつをカミさんに手渡した。

「タバコのお礼です」

「息子ほど歳の離れた年下におごってもらうほど落ちぶれてないやい」カミさんは灰色の混じった髪を、照れくさそうにごしごしとこすった。

「髪、そろそろ切ったほうがいいですよ。元旦に空いている散髪屋もあると思いますけど」

「お前、元旦にハサミ持つのは良くないんだ。別に元旦にしなくてもいいことを無理やり元旦にするのは、どうも好かん。そんなのは全然お客様サービスなんかじゃない」

「例えば元旦から空いているパチンコ店、とか」と一真は何かを企んだような顔をしてカミさんの方を見た。

「そういうことだ。そして、俺たちはそのおかげで食っていけてる。なんとも哀しい世の中だよ。神も仏もありゃしない」カミさんはおおげさにため息をついてみせた。

「そうだ」次の瞬間、一真は自分でも思いがけないことを口にしていた。
「カミさん、今日は六時であがりでしょう。帰りに一緒に初詣に行きましょう」

「いいよ、もう神頼みなんて止めたんだ」タバコとコーヒーの臭いで満ちた空間に、「神」という響きは確かに不似合いだった。

「違いますよ。去年一年間、生かしてくれたお礼と、今年もこのパチンコ店がつぶれないようにって願いに行くんです。そう言えば、神社にも今働いている人がいましたね」

「初詣に一緒に行ってくれる女もいないのか」

「どうやら、あまりモテる職業というわけではなさそうです」

「お前、」カミさんが複雑そうな表情を浮かべた。
「もうちっと、世界に希望を持てよ」

「今の生活も、そんなに悪くないです」一真は冷えた手を缶コーヒーで温めながら言った。
「少なくとも、世界が終わるというわけではない」

「やれやれ」カミさんは、よっこいしょという掛け声とともに立ち上がった。
「こんな世界なんて終わってしまえばいいと思っていた俺が、なんだか恥ずかしいよ」

「世界が終わっても、また新しい世界が始まるだけです。それなら、今の世界が続くのも悪くない」一真は世界をおちょくるように、くっくと笑った。カミさんなら、その微妙なニュアンスを汲んでくれそうだと思った。

「来年もお前と一緒に年を越したいよ。未来ある若者に将来を託して先に死んでいく者としては、そうならないことを祈るべきだろうが」

「来年のことを言えば鬼が笑います。さ、仕事に戻る時間です」

立て付けの悪い休憩室の扉を開けると、冬独特のよく冷えた新鮮な澄んだ空気が肺に流れ込んできた。

一真たちの戻っていく巨大な娯楽施設は、闇の中で煌々と光り輝いていた。

物語に登場するアイテムたち

【ESON 電子タバコ 2本 アトマイザー 4本 ケース内装バッテリー 自動スイッチ式 持運びながら充電 (黑)】

【使い切りライター3本入(PSC)】
ライターをうまく点けるのが苦手です。手を燃やしそうになります。

【サントリー ザ・プレミアム・モルツ 2017干支デザイン缶 酉歳 350ml×24本】
なんともおめでたいパッケージですね。重いビールを届けてくれる宅配便の方には、頭が上がりません。

【アサヒ飲料 ワンダ 金の微糖 185ml×30本】
缶コーヒーは苦手ですが、飲むなら微糖を選びます。

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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2 thoughts on “彼らの年明け(大晦日から元旦にかけて働く人)

  1. 安福謙也 より:

    世代もこれまでの人生も異なる2人が、単に休憩時間を共有しただけで、心が通じ合うという、まさに新年から、心温まるお話しをありがとうございました。

    1. mihirohizuki より:

      安福さん
      こちらこそ、嬉しいお言葉ありがとうございます。
      まったく違うバックグラウンドを持った人とのほうがよく通じ合えるということが、わりにある気がします。
      私と安福さんも、全然違いますしね。

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