栗はむかれて、人類の進化

栗拾い

十月も半ばに入り、急に冷え込んできました。
ちかごろ四季の区切りがあやふやになって、秋がすっ飛ばされているような気がすることがあります。

でも、市場に並んでいる食べ物を見ると、「ああ、秋だぁ〜」とほくほくした気持ちになります。

さつまいも、かぼちゃ、さんま、柿、りんご、新米……
あなたの秋の味覚は、何ですか?

ああ、こんな話をしているとお腹が空いてきました。
今日は、秋の味覚のトップ3には必ず入るであろう「栗」のお話です。

生姜紅茶でも飲みながら、ぽかぽか読んでいただけるとうれしいです。

【ばんどう紅茶 生姜紅茶 濃い味 日本産100パーセント 60ティーバッグ入】

本編

 からりと乾いた少しつめたい空気を、太陽の光があたためている。秋の空は、夏のそれよりも青が濃くなり、太陽の白が映える。

 裕太はすうっと大きく息を吸い込んでみた。体温よりも温度の低い気体が肺に満ちる。そこらじゅうに生えている栗の木のにおいが、本格的な秋の訪れを告げていた。裕太は、三メートルほど前で熱心に品定めをしている娘のほうを見やる。

 十月半ばの火曜日。裕太は小学三年生になる娘の美優、その友だち二人とともに、自宅から車で一時間ほどの栗農園に来ていた。
 月曜日の祝日だった昨日は、美優の小学校の運動会だった。住宅メーカーに勤める裕太は、祝日は休みには含まれない。

 例年のごとく、運動会のDVDを肴に昨夜は晩酌をした。今日はその振替休日だった。

 今年が去年と違う点は、運動会が月曜日だったために裕太の休みが美優の振替休日とかぶったということと、妻の優里がパートのために家にいないということだった。
 優里は、夏休みが終わったころから近所の歯医者で受付のパートを始めた。別段めずらしいことでもないのだろうけれど、河上家にとってはそれなりに大きな変化だった。

 「みゆちゃんのパパ、くり拾わないの?」一緒に連れてきている少女が裕太に話しかけた。
 この子の名前は、ゆかりちゃん。優里と名前が似ているというので覚えている。美優のいちばんの「親友」らしい。

 彼女の両親は共働きで、今日は裕太が預かっているというわけだった。昨日は彼女の父親が、自分の分も親子リレーを走ってくれた。子育ては持ちつ持たれつだ。

 「ん、拾うよ。でもな、おじちゃんが本気出したら、ゆかりちゃんのぶんまで全部拾っちゃうかもなあ」裕太はおどけて見せながら、自分で言った「おじちゃん」という響きに違和感を持った。

 「いたあい!」裕太の斜め右のほうから、娘の美優の声がした。そのただならぬ気配に、裕太ははっと振り向く。
 美優は、右手をぶんぶんと振りながら大きな声で泣き叫んでいた。

 「どうしたんだ、美優」裕太は他の二人のことなどすっかり忘れて、娘に駆け寄った。

 「くりぃ、とげがぁ」とぎれとぎれに発せられる言葉から察するに、どうやら栗のいがが手に刺さったようだった。

 「ほら、だからゴム手袋外しちゃだめだって言ったろ」裕太は美優のそばに打ち捨てられている、へなっとした厚手のゴム手袋を持ち上げた。

 「みゆちゃん、かわいそう」ゆかりちゃんが言う。

 「くり、こわいね。もう、くり拾いたくない」そう言うもう一人の女の子は、ももかちゃんだか、ももこちゃんだか、そんな名前だ。

 「大丈夫だよ」裕太は美優の頭に手をやりながら、二人を近くに呼び寄せた。
 「栗は、こわくない。ただ、一生懸命なんだよ」裕太はこの小さな事件を、彼女たちにとっての成長の機会にしようと考えていた。

 「栗だって、生きてるんだ。だから、ゆかりちゃんやももちゃん、おじちゃんたちに食べられないように、とげとげをいっぱい持ってるんだよ」

 「でも」とゆかりちゃんが愛くるしい目の上の眉を少し下げて言う。
 「でも、ゆかりの家のくりご飯は、こんなんじゃないよ。もっと黄色いの」

 「そうだね。でも栗は、ほんとうはこんなふうなんだ。誰かがゆかりちゃんのために代わりにむいてくれてるんだよ。トゲトゲも、固い皮もね」

 裕太はどの言葉を選べば、この十歳にも満たない少女たちにうまく伝わるのだろうと考えていた。手の下では、いつのまにか娘は泣き止んで裕太の話に聞き入っている。

 「今日、三人は初めて栗のトゲトゲを見たね」裕太は手に持った火ばさみで、目の前の栗を拾い上げてみせた。

 こくん、こくんと順番に小さな頭が傾いだ。

 「いつも食べるお肉も、お米も、ほんとうはいつも食べるときみたいなかたちじゃないんだよ。お肉をつくるときに血はたくさん出るし、お米は白くない」
 そう言って裕太は、わざと素手で栗のいがを掴んだ。

 「やだぁ」ももちゃんのほうが目を塞いだ。

 「見てごらん」裕太は自分の手のひらから滴る血を見ながら言った。我ながら、ちょっと頭がおかしいかもしれないと思った。
 それでも、裕太はいまの子どもたちが知らなくてはいけないことを伝えたかった。

 「栗を食べるには、痛い思いをしなくちゃならない。火は熱いものだし、鉄棒から落ちてもいつも柔らかいマットがあるとは限らない。車が突然動かなくなることも、お金があっても物が買えないことも、誰とも電話で連絡が取れなくなることも、ありえるんだよ」

 少女たちに、裕太の言いたいことが伝わっているかどうかはわからなかった。そんなことよりも彼女たちは、裕太の手のひらから目を離せないでいるようだった。

 そして同時に、裕太は心のなかで安堵していることに気がついた。怪我をしたのが自分の娘でよかった、と。

 子どもの遊びに怪我はつきものとは言え、すべての親がそれを感情の部分ですんなりと受け入れてくれるわけではない。他人の子どもを預かるというのは、それなりに気を遣う。

 「あ、美優。手当してもらおっか」
 裕太は思い出したように、美優の手を取った。自分も怪我をしてしまったから、おぶってやることはできない。
 とは言え、九歳の娘が友だちの前で父親の背中に素直におんぶされてくれるかどうかも怪しかった。

 二人をそのままにしておくわけにもいかず、四人でぞろぞろと農園の入り口のほうへ向かった。

 「すみません、ちょっといがで怪我をしてしまって」裕太は暇そうに新聞を読んでいる受付のおじさんに声を掛けた。

 「あらら、こちらへどうぞ」彼は慣れた様子で奥から救急箱を取り出した。

 美優を手当してもらうあいだ、裕太は他の二人と一緒に売店を見て回っていた。栗農家だからもちろん栗は売っているのだけれど、他にも栗ご飯の素、栗入りのシリアル、栗ジャムまで置いてあった。

 「ほら、ちゃんとしたくり、あった」
 ゆかりちゃんが、うれしそうに笑って、栗ご飯の素のパッケージを指差した。

【ヤマモリ 期間限定釜めしの素 栗ごはん 210g】

【日清シスコ ごろっとグラノーラ いも・栗・なんきん 500g】

【国産果実ジャム 栗のジャム 155g】

 時代は進んでいるな、とかつて祖母が栗をひとつひとつむいていた様子を思い出して、記憶の中の栗と目の前の栗を比べた。栗のそばには、ご丁寧に栗むき鋏まで置いてある。これがあれば、ばあちゃんも楽できたろうに。

 ばあちゃんは、手を渋皮で茶色く染めながら、包丁を使って恐ろしく時間をかけて、栗をむくのだ。祖母が作った栗おこわに敵うものに、裕太はその後の人生でまだ出会っていない。

【小布施 生栗 2キロ】

【諏訪田製作所 栗の皮むき鋏 新型栗くり坊主】

 あるいは、俺はほんとうに時代遅れのおじさんなのかもしれない、と裕太は思い直した。いまの世界は、人類の進化として受け入れなくてはならないのかもしれない、と。

 皮がむかれて売られている栗も。
 転んでも痛くない公園も。
 文字よりもキーボード操作を先に覚える指も。
 位置情報を正確に把握するGPSも。
 子どもにたくさんの習いごとをさせて、将来に備える親心も。

 ただ、無意識のうちに変化を拒んでいるだけなのかもしれない。もっともらしい理由をつけて、自分の過去なんかをわざわざ取り出して。

 「はい、次お父さんどうぞ」
 美優の手当を終えたおじさんが、裕太の名を呼ぶ。

 「いまどき三人も子どもがいるなんて、めずらしいねえ。女の子ばっかり、華があっていいや」何も知らないおじさんは、たばこのせいで黄色くなった歯を見せて笑う。
 共働き家庭の子育てのことも、
 裕太の休みのことも、
 裕太と少女らの関係も、何も知らない。

 でも、少なくとも。
 傷に染み込む消毒液に顔をしかめながら、裕太は思う。

 おじさんだって、むかれた栗のことも、インターネットの予約のことも知っているのだ、と。それがある世界に、ちゃんと馴染んでいるのだ、と。

物語に登場したアイテムたち

【小布施 生栗 2キロ】
一人で長野旅行をした際、小布施に立ち寄りました。
地元の蔵元がやっている日本料理屋で食べた栗おこわが忘れられません。
黄金に輝く栗に、つやつやと光るもちもちとしたおこわ。
お昼から日本酒をいただいて、最高の体験でした。

【諏訪田製作所 栗の皮むき鋏 新型栗くり坊主】
するすると簡単にむけるそうです。皮むきがおっくうで栗にはあまり手を出せなかったのですが、これを機に栗を買いたいと思います。

【ヤマモリ 期間限定釜めしの素 栗ごはん 210g】
最近はこういうのがあるので、すっかり頼ってしまいます。

【日清シスコ ごろっとグラノーラ いも・栗・なんきん 500g】
女の人は「芋たこなんきん」が好きっていいますが、なんで「たこ」なのかずっと疑問でした。栗のほうがしっ「くり」きます。くりだけに。

【国産果実ジャム 栗のジャム 155g】
これは気になる。ちょっと前に、さつまいものジャムを食べましたが、美味しかったです。

The following two tabs change content below.
ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

5 thoughts on “栗はむかれて、人類の進化

  1. 磯辺 建臣 より:

    何故だろう。ボコボコ創作意欲が。でも 文才が無い。

    1. mihirohizuki より:

      今の時代、文章にしなくたって、音声でも動画でもなんでもあります。
      youtubeに、磯辺チャンネル作りませんか?(*^^*)

  2. 磯辺 建臣 より:

    格安スマホ。いざという時繋がらないこともある。それでも良いなら。
    伴侶を選ぶがごとし。

  3. 磯辺 建臣 より:

    千尋ちゃんの小説は不思議な力を持ってます。デジャブとジャメブの同居。
    4番目の私の奥さんは韓国の方で二人の女の子がいた。小さな頃は仲良く過ごしたのに難しい年ごろに成長して窮屈さを感るようになった。
    穏やかな関係を取り戻そうと私の育った札幌と登別温泉で夏休みを過ごした時のこと。何故か鮮明に記憶が蘇ったのです
    そして。長女は来年社会人に。次女は大学4年生に。私は痴呆が進む老人に。。。。
    千尋ちゃんの小説は凄い。

    1. mihirohizuki より:

      磯辺さん
      コメントありがとうございます。過分なお言葉の数々、私にはもったいないです。
      小説のすごいところは、フィクションなのに(フィクションだからこそ)、読者の経験や思想、その下にある魂に呼応することだと思います。
      私も、読んでくださる方の魂に届くような物語を書いていきたいと思っています。
      磯辺さん、老人などと仰らず、どうかいつまでもお元気でいらしてくださいね。
      私の小説を、ぜひ読んでいただきたいのです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。