あるミスタードーナツでのこと(2階50席)

すでに通りの景観と化した、安っぽいカフェオレの看板。
しかもホットに限ってはおかわり自由ときている。
一時間ほど時間をつぶす必要のあった僕は、冷房のきいた店内に入り、汗を拭きながらためらわずホットを頼む。

「い、いらっしゃいませ。店内でお召し上がりますか?」

ぎこちないアルバイト研修生に、世界平和を見る。

大手チェーンファストフード店というのは、実に色々な人が存在する。
じっと眺めているだけでも飽きることはない。
しかし、僕は本を読むことに集中する。
人々には、然るべき時に、やるべきことがあるのだ。それぞれに。
婦人たちが近所の噂話をするように、浪人生が英単語を覚えるように、高校生のカップルがそれぞれのスマートフォンをいじくりながらテスト勉強という名目のデートをするように。

みな、幸福そうにみえる。
幸福というものは、どうやら目に見える、そして触ることのできるもののようだ。
ただ、やっかいなことにそれをうまく言葉にすることができない。なんとか言葉にしようとすると、それはありふれた陳腐な言葉になってしまう。

そして、幸福というものは自分だけが最も濃く感じられることであり、誰かに伝えようとしてもうまく伝わらない。

しかしながら、幸福というものは、誰かとうまく共有できた時にその度合いを増す種類のものであるようだ。
僕はこれ以上幸福というものについてあれこれ考えるのをやめることにし、ただそこにある幸福に身を沈める。

実を言うと、僕は以前この辺りに住んでいたことがある。
しかし、このミスタードーナツに来たことはなかった。その頃の僕は、ミスタードーナツでカフェオレを飲みながら本を読むにはあまりにも忙しすぎた。人生というものは、時にそういった側面を持つ。

店員が頻繁におかわりを勧めにやってくる。
その度に僕の集中は途切れるわけだけれども、不思議と嫌な気はしない。三杯目のカフェオレを飲み干すことができないまま、僕は店を出る。次の予定があるのだ。現代において時の流れというものは、往々にして「次の予定」を目印に行われる。

店を出る時に、僕は驚く。
なんと、先ほどのカップルは、実は二人の女性だった。僕はこっそりその青年(だと僕が思い込んでいた人)に詫び、その場を去る。

カウンターの店員さんが「ありがとうございました。またお越しくださいませ」と、声を揃えて言う。
僕はそれに対して特に言葉を返さない。それはある種の「決まり」のようなものなのだ。

あとがき

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※内容は同じです

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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