完璧主義者

「ベストを尽くせ」

また怒鳴っている。

「いいか、最低でも100%で仕上げるんだ。僕はお前に100%未満のことは期待していない」

いつものように、僕は部下に向かって告げている。

僕の中にはゼロか100か、それしかない。

いや、むしろ期待を上回る快感を得るために120で仕上げるのが常識だとすら思っている。

完璧でない玉は、ただのガラスの破片だ。
なんの役にも立たない。

「頑張ります」
「次から気をつけます」
こんなことを繰り返す奴に、成長はない。

お前は一体何をどう頑張るのだ。
それは火を見るより明らかな改善なのか。

精神力や気合いの話をしているのではないのだ。

僕を助けなくてもいい、僕の邪魔をするな。
お前はお前で、誰にも邪魔をされないサンクチュアリを持て。

お前はチームプレイの意味をはき違えている。
徹底された個人プレイのその先に、真のチームプレイがあるんだ。

それは僕がこれまでプロジェクトのメンバーに伝え続けてきた信念だ。

「ねぇ、あなたはちょっと厳しすぎるのよ」と妻は言う。

僕の論理性が破壊される、この世でただ一人の人物。

「ベストを尽くすんじゃなく、ベターを選ぶって考え方はできないの? いつも完璧は無理よ。人間はそれだけで不完全なんだもの」
妻は柔らかく笑いながら、レモンとミントの入った水を注いでくれる。暑い夏の午後にはこういう飲み物が一番ありがたい。

「人間はベストを尽くし続けるべきだ。それも、結果を伴うベストを、だ。そうすることで、僕はいつも正解を勝ち得てきた」

「正解? あなたは何を期待しているの?」ふふふ、と笑いながら、妻は自分の水を注ぎ、冷蔵庫から手作りのプリンを取り出す。
「このプリンの正解は何? クラシックな固めのプリン? それともとろけるような滑らかな食感?」いたずらっぽく笑う彼女は、いつも僕を少しだけバカにしているように思う。

「期待しすぎよ。プリンにも、人にも、自分にも。私は何を期待されているのかしら?」と、病弱な妻は少し寂しそうに笑う。

「お前は、存在するだけでいいのだ。何度言わせる」

「時々、不安になるのよ、私も。ありがとね」

妻はそれを愛だという。その人のどこがいいのか、うまく言葉では表現できないけれども、でもその人なしでは生きてはいけない。
そんな関係を愛と呼ぶのだという。
僕はこの感情を、あと40年ほどの人生で完璧に解明し、理解したいと言う目標を掲げている。

妻にそれを告げると、妻はおかしくてこらえ切れない、という風に笑う。

「愛してみなさい、人も、自分も、プリンも。そうすれば怒りの感情は、わたあめみたいに溶けてなくなっちゃうわよ」

僕の妻は、本当に不思議な人物だ。

あとがき

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※内容は同じです

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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