何が真実か 〜病室から〜

意識が戻ってきた。

とは言うものの、もう俺にはここがいわゆる「現実世界」なのかどうか区別がつかない。

昨日家で倒れてからここに運び込まれて、今日手術を受けたらしい。

俺にはその間の記憶がほぼない。
と、皆は言っている。

しかし、俺は昨日起こった出来事を正確に思い出すことができる。

まず俺は昨日の朝、立つことができなくなった。
偶然家にいた息子の嫁に連れられ、病院へ行ったのだ。

そこは同じ村の川ちゃんがひっそりと隣町で勤務している病院で、村の中にはそのことを知るものはいないはずだった。

どうして彼女がこの病院を知っているのだろう?
とにかく俺はそこで川ちゃんによる診察を受ける。

ところが川ちゃんは自分の病院も持っている。
そこで、今日は俺をそこに連れてきて手術をしたようだ。
なぜならその方が利益率が高いからだ。

「お義父さんは昨日、家からまっすぐここの病院へ来たんですよ」
息子の嫁は言う。
「そんな馬鹿なことがあるか。昨日俺は隣町の病院にいたんだ」

「手術の後で、記憶が混乱しているんですよ」
そういうことらしい。

ふと、両手に違和感を感じる。

手の自由が効かない。

俺の両手がベッドに縛り付けられていた。

「これはなんだ」
「おじいちゃんが、点滴や包帯を勝手に取っちゃうから、安全のためにこうしてるんだって。でも、症状が落ち着くまでの2週間位のことだから。おじいちゃん、我慢強いし頑張れるよね?」
ベッドの側にいた孫娘が言う。

「お前、これを取ってくれ。この病院の人間は、みんなグルになって俺を陥れようとしているんだ。このままじゃ便所にも行けやしない。さぁ、もう手術は済んだんだ。コーヒーでも飲んで家に帰ろう」
俺は頼みの綱である孫娘に向かってそう言った。

「お父ちゃん、だめやの。お父ちゃんが勝手に取るから縛っとかなあかんの。トイレはおむつにしたらいいし、お父ちゃんはしばらく病院から帰られへんの。隣の人もおるんやから静かにしてよ」
横から娘が口を挟んでくる。さすが実の娘は手厳しい。

「伯母さん、今は前頭葉が圧迫されて理性を失ってるだけだから。優しくしてあげて」
孫よ、俺は正気だ。

「なんで帰れないんだ。手術は終わったんだ。誰が手を縛ったんだ。お前か」
娘にそう言うと、怒ってそっぽを向いてしまった。
今年で60になる娘は、未だに少女のようなところがある。この子と、8歳年の離れた息子に関しては、少しばかり甘やかし過ぎたのかもしれない。

「お前は信じてくれるな。俺は昨日あの病院にいた。それなのにいつの間にかこの病院にいる。いつ連れて来られたんだ?」
「そうだね。そうなのかもしれない。私たちはみんな、おじいちゃんははじめからこの病院にいると思ってるけど、本当はおじいちゃんははじめ隣町にいたのかもしれない。人ってたまにそういうことができるから」

さすが孫娘は物分かりがいい。

「手術のあとで錯乱しちゃってるのね。これ、看護婦さんに迷惑じゃないかしら。ねぇ、お父ちゃん、また手術前みたいに暴れたりしないでよ。大変だったんだから」
「伯母さん、仕方ないから。これはおじいちゃんのせいじゃない」
「お前たちまでグルになっているんじゃないだろうな。おい、あれはなんだ」
「え? なに? おじいちゃん。あそこには何もないよ。何が見えるの?」
「やだわ、お父ちゃん。幻覚でも見てるんじゃないの?」

皆には見えないらしい。

どうやら俺がここでこうして拘束されているのには、何か理由があるようだった。

俺の見る世界と、皆が見る世界がずれている。

世界はそれぞれの主観や解釈のみで成り立っているだとか、そういう次元とはまた違ったところで俺はおかしいのかもしれない。

とにかく今俺にできることは、大人しく傷の回復を待つことだ。

ところで、どうして今すぐ家に帰っては行けないのだろう。

きっと医者が皆で俺の力を弱めようとしているのだろう。

意識がまた遠のいてきた。明日からは胃にものを入れてもいいそうだ。病院食に期待はしていないが、じっとしている以外にやることがあるのはいいことだ。

ぽつぽつ、と皆が順番に帰っていった。

最後まで残ってくれていたのは、市の福祉課で働く娘婿だった。

あとがき

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投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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