「行きつけ」の消滅

カランコロン。

ここは、私の行きつけの喫茶店だ。

毎週日曜日の朝10:30に、私はこの店の一番左奥の席に着く。
そして、分厚く焼かれたトーストを熱いうちに胃に納め、角砂糖を2つ入れた濃い珈琲を時間をかけて飲む。
とりたててすることがあるわけではない。
一週間分の新聞をまとめて読み、オーナーの大森さんと少しばかり世間話をする。

ところが、最近私よりも先にその席に誰かが座っていることが増えてきた。
それどころか、店が満員で入れないということすらある。

そんな時私は、ふうっと諦めと一抹の寂しさを含んだため息をつき、他の場所に座るか店を後にする。

最近、雑誌の特集でこの喫茶店の銅板ホットケーキが取り上げられた。

それからというもの、この店はホットケーキを求める若い女性客やカップルで連日賑わうようになった。
ここの銅板ホットケーキは安くて美味いわりに大変手間がかかり、私でも遠慮して三ヶ月に一度くらいしか頼まないのに。
低温でじっくり焼き上げられたホットケーキは、いつもきっかり2センチと3ミリの厚さで、「くまのプーさん」みたいに少し控えめな黄金色を放っている。
ナイフを入れると「サクッ」と表面にヒビが入り、干したての布団のようなふかふかとした生地が現れる。
それはまさに太陽のぬくもりを持ち、一気に呑み込んでしまいたい衝動と、ゆっくりと味わっていたい欲望に葛藤することになる。
バターとメープルシロップは上に掛けられているのではなく、自分の好みに合わせて量を調節する(私はいつも残らずかけてしまう)。これと言って特別でもないホットケーキなのだが、やはり特別なのだ。

店の繁盛はもちろん喜ばしいことだが、私のささやかな休日の静かな楽しみはなくなってしまった。
それから何となく店から足が遠のき、日曜日の朝はどこに行くでもなく家で過ごすことが多くなった。

半年後のある日曜日の朝、ふと思い立って何気なく例の喫茶店に足を運んだ。

すると、驚くべきことに客が一人もいなくなっていた。
「過ぎたね」
そういいながら席についた私に、大森さんは少し疲れた顔で答える。

「前の常連さんに申し訳ないことしたわぁ。けど、一見さんを断るというのは、私にはできんかった。喫茶店っていうのは、いつも決まって休憩してもらう場所でもあるけど、目についてふらっと立ち寄る場所でもあるから」
いや、彼らは決して「ふらっと」立ち寄ったのではない。
念入りに検索して、ここを目指してきたのだ。

「またみんなすぐに戻ってくるよ」
喫茶店で二言三言交わしただけで、名前も知らない常連たちの顔を思い出していた。
皆、一連の騒ぎを嫌い、来なくなってしまったという。

雑誌を見て来た若い客たちは、もう戻っては来ないだろう。
彼らは情報を消費するために、ここに立ち寄ったのだ。
得た情報を検索によって強固なものにし、それをまた別の誰かに情報として手渡すための、中継ぎランナーたち。

常に新しい情報が更新され、検索し、新しい情報を上塗りしていかねばならない彼らには、「行きつけ」がない。

私などはあまり新しいものに挑戦するのは億劫だし、ある種の恐怖さえ覚えるのだが、私にとっての安堵である「変化の無さ」は、彼らにとっては「退屈」以外の何者でもないらしい。

この場所にもその風が吹き、そして通り過ぎていっただけのことだ。

「今度はフレンチトーストとか、アサイーなんとかなんかを出してみたら?」
冗談半分で私がそう言うと、

「やめてよ。ホットケーキだけでもう手一杯やわ」と大森さんは笑った。

今日も左奥の席で、ちょっとだけ焼きが甘いトーストを齧っている。

あとがき

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