すてきな誕生日プレゼントのお話

2010年の夏、日本のとある大学に、女の子が留学してきた。
彼女の名前は、リイサ。
リトアニア出身の女の子だ。
イギリスの大学に行っていて、そこからさらに日本へ一年間留学している。

わたしは「リトアニア」という国のことさえもあまり知らなかったけれど、彼女とはなんだか気が合った。
当時のわたしは、英語もままならず、ほとんどコミュニケーションを取ることさえもできなかった。
そんな中、彼女は日本語がとても上手だった。
そんな単純な理由から、距離は縮まったのだと思う。

けれど、その頃のわたしには、生まれた国である日本をまともに離れたことさえなかったわたしには、本当の意味で彼女の気持ちを理解していなかったのだとあとで気づいた。
彼女は底抜けに明るくて、前向きで、元気で、優しい。
それは、わたしのあこがれの姿だった。
わたしは、そんな風に振る舞ってはいても、実はくよくよ考えて、自分の限界を大きく超えて思い切って挑戦することを怖がっていた。
努力はするけれど、そんながむしゃらになることができないでいた。
周りに「デキる人」をたくさん作ることで、どこか安心していた。
そんな自分のずるさに気づいていたけれど、気づかないふりをしていた。
その頃は、それで満たされていたから。

彼女とは、何度も食事を共にし、鳥取に旅行まで行った。
けれど、その頃のわたしは「親友」というものがうまく実感としてつかめなかったし、誰かと心の底で通じ合うことができないでいた。
きっとそれは、わたし自身がわたしの心と繋がっていなかったから。
彼女は確かに留学生の中では一番仲の良かった子だった。

「ねぇ、じゅんちゃん。わたしは、いつか日本で働きたいと思ってるよ。社長とかね!」
留学生と日本人が一緒に授業を進めるクラスで仲良くなった人たちとスーパー銭湯に行った時、女湯で二人だったわたしたちは将来のことを話し合った。
「本当に日本が大好き! 食べ物も美味しいし、ちょっと暑いけどね。もう少しで国へ帰るのは寂しいけれど、でも実は少し帰りたい気持ちもある」
彼女がこう言った時、わたしは何となく共感した。
一般論としての「ホームシック」という言葉が浮かんだこともあったが、二回生の時に三週間ニュージーランドへ行っただけで、結構なホームシックにかかったからだ。

「じゅんちゃんは、どんな仕事をしたい?」
「うーん、まだわからないけれど、外資系かな。キツくても、実力で認められる所がいい」
そんな風に答えた気がする。

それはわたしの気持ちだったろうか。
世間体を気にしてのものだったろうか。
嘘をついたつもりは、ない。

「じゅんちゃんなら、できるよ! だってじゅんちゃんは、すごい人なんだもん」

彼女の口からこの言葉が出た時、わたしは驚愕した。
その頃のわたしは、劣等感の塊だった。
それでいて、負けず嫌いだった。

にも関わらず、彼女はそう言った。
そして、国に帰っていった。

それから、わたしは留学をした。
一番きつい時期に、彼女のいるイギリスの大学を訪れ、10日間ほど一緒に過ごした。
そこでやっと、彼女が日本で感じていたことの本当の意味がわかった気がした。

そして、去年の夏。
彼女の故郷であるリトアニアの家へ滞在させてもらった。

その秋には、彼女自身が日本を訪れ、わたしの家に滞在した。

時を追うごとにお互いが成長し、おとなになっていくのがわかった。
わたしたちには、違うところがたくさんある。
けれど、根っこの部分で通じ合うのだ。不思議なことに。
その時期その時期でお互いが悩み、打ち明けあった。
それにつれ、わたしたちのつながりは強くなった。

そんなふうに、わたしの弱みや素をどんどん見せていっても、彼女のスタンスは変わらなかった。
「じゅんちゃんなら、できるよ! だってじゅんちゃんは、すごい人なんだもん」
何を根拠にそう言ってくれるのかわからないけれど、きっとこの人は世界を深く見ている。

わたしたちは、お互いに憧れているのかもしれない。
そう思うようになっていった。

そんな彼女から先日、少し遅めの素敵な誕生日プレゼントが届いた。
わたしがリトアニアで愛したお菓子、
日本では高価な岩塩、
英語の詩集(今の英語力で読めるかしら)
メッセージ入りの手書きの絵。

彼女らしい、そして、わたしのことをよくわかってくれている人ならではの手の込んだプレゼントだった。

一番嬉しかったのは、この手作りのネックレス。

IMG_0814

同封してある手紙には、こんなふうに書いてあった。
わたしだけに向けてくれたメッセージはわたしだけの胸にとどめておきたいところもあるので、ちょこっと割愛するけれど。

この3つの星は、「Love(愛)」「Health(健康)」「Happiness(幸福)」を意味している。
そして、真ん中の透明なのは月で、それらの3つにちゃんと気付くための「Wisdom(叡智)」なんだよ。
もちろん、私があなたに願うのはこれらだけじゃない。
冒険心とかね。
それこそ、延々続くリストになっちゃう。
でも、その3つが大切だと思うの。
それで、私が言いたいのは、あなたはあなた自身の中に「全てを持っている」ということ。
それにちゃんと気付いてね。
大好きだよ。

不安は、欲望から生まれる。
欲望は決して悪いことではない。人間を人間たらしめる大切な要素だ。
けれど、足りないものを求めるだけの人生は、なんだか寂しい。
社会人になって、よりそう思うようになった。

求めて、さらば与えられるのでもなく、
求めて、自分で手に入れるのでもなく、

「ただ気付くだけでいい」こともたくさんあるのだろう。

そうしてわたしは、25歳を迎えている。

あとがき

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ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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