あなたが頑張っても報われない理由

あたしたちは双子。
あたしのほうがほんの少しだけ早く生まれた。

今の日本の法律では、あたしがお姉さんということになる。

「むかしだったら、あんたが妹だったんだからね!」
小さい頃、妹はくりくりした目を大きく見開きながらそう言っていた。

あたしは、あんたのそのくりくりした目が羨ましいよ。
双子なのに、あたしたちは似ていない。
妹は、父親と母親の容姿のいいとこ取りをした。
あたしは、父親に似た濃い眉。母親に似た、小さな目。
どうだっていい。
おしゃれになんか、興味が無い。
逆立ちしたって敵わない「妹の可愛さ」に対して、あたしは戦わないという術を学んだ。
あたしだって、長い指と、綺麗な爪とを持っている。悪くない。
あ、やっぱり戦ってるんだ、あたしは。

同じ日に生まれたから、服がお下がりになることもない。
ケンカをすると、なぜかあたしだけが叱られる。
妹は、どうしてあれほど「姉」であることにこだわるのだろう。
でも妹が欲しがるおかげで、あたしは妹よりも「持っている」ことをほんの少し確かめられる気がした。

どんなに正当な理屈を並べ立てても、「お姉ちゃんでしょ」のひとことですべてが終わる。
おとなって、バカなんだろうか。
論理的に正当にものを考えるということが、できないのだろうか。

けれど、あの頃「おとな」は絶対で、正しかった。

あたしたちは、23になった。
別々の中学に行った頃から、あたしたちは双子ではなくなった。

双子。
同じ考え方をして、同じ服を着て、同じものを食べる。
ほんとうは全然そんなことないのに、まわりにそう言われるから妹と必死で口裏を合わせていた。

あたしたちは大人に優しい子どもだった。
存分に期待したらいいよ。
あたしたちは、あんたたちの作品になってあげる。

先に音を上げたのは、妹のほうだった。
「あたし、お姉ちゃんとは違う中学に行く」

そうしてあたしたちは袂を分かち、違う友達を作り、違う格好をし、別々の人生を歩んだ。
外見は似ていないのに、「双子」というカテゴライズは相変わらず存在した。
なんで可愛いあんたのほうが先に音を上げるのよ。
あたしはその時の妹の気持ちなんて知らずに、勝手にそう思っていた。

二人とも大学生になって、高校までの頃のように全部が全部「決められたカリキュラム」ではなくなった。
あたしたちはバイトをし、サークルに入り、少しだけ社会を知った。

お父さんとお母さんが、決して完璧ではないひとりの人間であることも知った。
その頃から、あたしたちはまた双子になった。
少なくともあたしにとっては、この子は人生における心の友になった。
どうしてこの子には、こんなにもあたしの考えることがわかるのだろう。

お母さんの本棚にある『あなたが頑張っても報われない理由』という自己啓発本を見つけて、
「その理由は、こんな本を読んでいるからだよって言いたい」とあたしたちはため息をついて口を揃えた。わかってるふりをして。
もちろん、お母さんにはそんなこと言えなかった。

留学して、頑張っても叶わないことがあることを肌で実感したあたしは、自己啓発本を手にした時期があった。
どこに答えは書いてるのよ。
ねえ、頑張るから、どう頑張ったらいいかを教えなさいよ。

そんな時に読む自己啓発本のウザさは、半端じゃ無かった。
「そんなことわかってるよ」
「それができないから、しんどいんだよ」
こういう本を「ふむふむ」と納得して読んでいるうちは、報われることなんてないんだよ。それだけはわかっていた。

留学ではなく別の機会に挫折した経験をもつ妹も、同意見だった。

別々の数年間を埋めるように、あたしたちは全部を共有した。

お互い、それなりに苦労もしてきたし、春から働き始めて、共働きだった両親の大変さを思い知った。
同時に、社会に「おとな」じゃないおとながこんなにもたくさんいることに驚いた。

みんな、結婚しても、子どもを産んでも、子どもが成人しても、いつまで経っても、手探りなんだ。
お母さんは、子どもが23歳になることや、2015年や、自分が53歳になることなんて、生まれて初めてなんだ。

いつだってお母さんは、あたしたちと一緒に「初めて」を体験してきた。
答えを全部知っている、絶対的に正しい「おとな」なんかじゃなかったんだ。

お母さんは、いつも自分で考えて、時には本や人に頼って、情けない失敗を繰り返しながらも、
それでもかっこ悪く自分で道を切り拓いてきた。

いつのまにかお母さんの本棚からは、その本が消えていた。
きっと、お母さんの精神にとって、あの本が必要な時期があったのだ。

お母さんの人生は今、とてもうまく行っている。

あたしは今、やっと自分の中にほんとうに見つけた「答え」を信じてみようと思えた。

妹は今、何を思っているのだろう?

あとがき

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