【引きこもりの北欧紀行】第一章その5 到着。
あらすじを読む 【引きこもりの北欧紀行】 〜あらすじ〜
はじめから読む 【引きこもりの北欧紀行】第一章 ストックホルムとヨーテボリ 静かな再獲得の旅 その1
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オランダのアムステルダムに着き、次の飛行機へ乗り換えるための準備をする。ここは巨大な空港で、ゲート同士が実に遠い。フライトの疲れが蓄積した身体に、この移動はちょっとした試練みたいなものだった。いや、長いフライトとフライトの狭間に迷い込んだ運動不足な僕らに与えられた贈り物だとも言える。要は考えようなのだ。オセロは見方次第で白にも黒にもなる。
午後七時のストックホルムは、まるで真昼みたいだった。
太陽があるかぎり、人は元気でいられる気がする。逆もまた然りだ。
二年と半年前に経験したスウェーデンの冬は、僕から太陽の光と生きる気力をじわじわと奪っていった。大げさなように聞こえるかもしれないが、特に小さい頃からこの気候に慣れ親しんでいない者には、日がな一日薄暗い数ヶ月はけっこう精神的にきつい。そういうわけで、夜になっても太陽が降り注ぐこの時期のスウェーデンは、地球上でかなり贅沢な土地になる。
僕は柄にもなく浮き足立った気持ちで自分の大きなキャリーバッグが出てくるのを待っていた。
いつも僕の荷物は最後の方に出てくる。なにかの呪いでもかかっているんじゃないかというくらい、決まって最後の方なのだ。
今回も例に漏れなかった。皆が自分の荷物を見つけて去っていく時の気持ちは、保育園で母親の迎えが遅かった時の気持ちに似ている。皆が母親の手に引かれて帰っていくのを、赤い塗料の剥げかけた積み木をうず高く積み上げながら見ていたあの時の気持ち。もっともこの場合は、僕が荷物を迎える側なのだけれど。
何か様子がおかしいと気づいたのは、人もまばらになった頃だった。ガコン、という音が鳴り、ベルトコンベアーが止まった。
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【引きこもりの北欧紀行】第一章その6 旅の災難
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。
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