【引きこもりの北欧紀行】第一章その8 迷子のあの子

あらすじを読む 【引きこもりの北欧紀行】 〜あらすじ〜
はじめから読む 【引きこもりの北欧紀行】第一章 ストックホルムとヨーテボリ 静かな再獲得の旅 その1
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 たっぷり40分かけて朝食を摂り、すっかり腹が満たされた僕は、重い腰を上げて航空会社に電話を掛けた。ホテルの電話はどことなく外界から遮断されている風に見える。部屋とフロントをつなぐだけの、限定された通信手段。それは僕に、小さい頃に作った糸電話を想い起こさせた。オランダ航空スウェーデン支部(おそらく)の感じの良い男性オペレーターが電話口に出た時、僕はひとまずホッとした。質の悪いクレーマーにはなるまい、とできるだけ丁寧な英語で荷物の安否を尋ねると、彼もまた非常に親切に応対してくれた。要は思いやりなのだ。

 僕の荷物はどうやら、乗り換えのオランダで迷子になっていたらしい。今日の12:30にストックホルムに到着する便で運ばれてくる、その後僕のホテルまで届けてくれる、というやり取りの後、僕は電話を切った。持ち主のいないままオランダに置き去りにされた僕の黒いキャリーを少し不憫に思いながら、僕の肩の荷は随分と軽くなった。

 まずはシャワーを浴びよう。話はそれからだ。ホテルの近くにあるスーパーマーケットに出向き、少しいい歯ブラシと、シャンプー、ボディーソープを購入する。ついでに普段使わないようなボディーミルクも買っておいた。どのみち保険がおりるのだ。昨日の不便を思えば、このくらいの贅沢は許されてしかるべきだ。

 ホテルに戻ってシャワーを浴びると、身体の垢も不安な気持ちも疲れも何もかも洗い流されてしまった。同じ服を再び着るのは居心地のいいものではなかったが、僕はまるで無敵みたいな心持ちになって、身支度をしてホテルを後にした。

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【引きこもりの北欧紀行】第一章その9 足あとを再び

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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