【引きこもりの北欧紀行】第一章その10 街歩き

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はじめから読む 【引きこもりの北欧紀行】第一章 ストックホルムとヨーテボリ 静かな再獲得の旅 その1
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 そこはGamla Stanの中心とも言えるところにあり、人びとは寄り添って何かを囁きあっていた。大きな木を囲むようにぐるりと深緑のベンチが置かれ、まるでそこだけにスポットライトが当たっているみたいにキラキラとした日光が降り注いでいた。僕は幸せな気分になる。
 楽園を通り抜けると、僕は現実に戻らざるを得なくなった。数えきれないほどの観光客でごった返す“こちら側”のGamla Stanは、まさに観光地よろしくと言った具合だった。人びとは笑う。アイスクリームを片手に写真を撮る。何の問題があろうか?ちっとも悪い気分はしなかった。

 僕はそのまま北上し、ずんずん歩いて行った。
 ストックホルム中央駅が近づくにつれ、街並みは「街」の様相を色濃くしていくように感じられた。一軒の服屋を見つけ、僕は立ち寄ることに決めた。ありがちなファストファッションのチェーンであることには違いなかったが、手頃な値段でまずまずの服が手に入ることから、留学していた時にも重宝した店だった。僕が入っていた保険は、幸運な事にキャリーが届くまでの衣服代もカバーしてくれるらしかった。値段を見ずに、気に入った服を購入した。この店なら、どれをとっても高が知れているだろう。

 普段はセール品を注意深く点検して服を買う僕にとって、これはちょっとした冒険的体験だった。いつもはなんやかやと切り詰めて生活してしまう。一人の時は特に。

 少しばかり手荷物が重くなったところで、僕はその他大勢の観光客と同じようにアイスクリームを片手に少し歩を緩めた。北欧のアイスクリームは、日本とは比べものにならないくらい濃厚でおいしい。チーズにしてもヨーグルトにしても、とにかく乳製品の味がしっかりとするのだ。きっと飼育している牛の種類が違うのだろう。日本でも北欧の牛を飼育したらいいのに、と思う。そうすれば、もうあんなにさっぱりとした乳製品もどきを喜んで食べることもなくなる。いや、あのライト加減が好みの人もきっといるのだろう。かく言う僕だって、この濃厚さが毎日続くときつくなってくることを知っている。

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【引きこもりの北欧紀行】第一章その11 夢の図書館

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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