【引きこもりの北欧紀行】第一章その16 異国の友人

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はじめから読む 【引きこもりの北欧紀行】第一章 ストックホルムとヨーテボリ 静かな再獲得の旅 その1
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 さて、突然の誘いに快く乗ってくれた気のいい友人たちの話をしよう。

 まず僕は、一人の女の子と会った。彼女は僕がまだここでの生活に慣れない時に一緒にランチに行ってくれたり、街を案内してくれたりした人だった。まず僕らはお互いの近況をキャッチアップするために歩きながら周りも見ずに話し込んだ。驚くべきことに、彼女はまだ学生をしていた。僕よりも年上だったはずだ。
けれど、最後の年の学生ローンの支払いと、生活費が底をつきてしまったらしく、休学してアルバイトをするつもりだと言っていた。スウェーデンは実に深刻な不景気に陥っていて、仕事を見つけるのに随分と苦労するらしかった。どの国にもいい面と悪い面がある。

 そうこうするうちに、雨が降ってきた。雨足はみるみるうちに強まり、僕たちの肩を濡らした。
「ヨーテボリらしい天気だね」と僕らは顔を見合わせて笑った。ほんの少しの間だったけれど、僕たちはたくさんの風船を交換し合った。言葉と想いと笑顔と、そして互いの幸せを祈るための風船。

 彼女と入れ違いで待ち合わせをしたのは、彼であり彼女だった。つまり、ゲイの男性である。僕は彼(彼女と呼ぶべきかもしれないが、見た目には完全に男なので便宜上「彼」とする)との再会を心から望んでいた。彼ほどまっすぐで、努力家で、裏表がなく優しい人間は、日本でもなかなか出会えないタイプだと思う。

「やだー!ひさしぶりー!えー、やばくない?」と、日本人顔負けの流暢な日本語で僕の肩をたたいた彼に、僕は思わずハグをしてしまう。彼は自分の彼氏と、幼なじみの女の子とを引き連れていたけれど、そのどちらもが日本語を理解した。
日本の素晴らしいアニメ文化のおかげで、この国での日本の人気は目をみはるものがある。他の言語に比べて日本語学科の人数の多さもそれを物語っている。彼は男で、彼の彼氏も男で、彼の幼なじみは女で、僕も女だ。なんだかわけがわからなくなってきた。僕たちはまた、歩くことにした。

 ここで日本が人気なのとはまた種類が違うが、日本でもスウェーデンの人気が上がっている。
もっとも、日本の場合は「北欧」という括りで見ている気がするが。そんな日本に最近上陸した、Tigerという北欧雑貨ショップ。本社はデンマークにあるらしいが、日本では行列しなければ入れないこの店が、ここではいとも簡単に入店できた。
思えば、人口の少ないこの国には「行列」という概念が存在していないように思う。東京の皆さん、羨ましいでしょう。

 彼が唐突に尋ねてきた。
 「ねぇ、アイスボートって、食べたことある?」
 「いや、ないけど」
 「買ってあげるからさ、みんなで食べようよ」

 そんな会話の後、彼はきっちり僕ら四人分のアイスボートなるものを買ってくれた。アイスボートとは、いうところの最中(もなか)のような入れ物にアイスクリームを載せてあるというもので、もうそんなの間違いなく美味しいじゃないか。ごちそうさま。

 その後は、当時高校生だった男の子のアルバイト先にみんなで行った。そこには懐かしい顔がいくつかあった。最近スウェーデンに越してきたという、日本人の女性もいた。ここでは皆が繋がっている。
濃く深い、本当の人のつながりを感じることができて、僕はかなり癒やされていた。急ぐことのない、見せかけじゃない、ちゃんとしたつながり。そういうのって、日本に欠けているものの一つなんじゃないかと、そんなふうに思ってしまう。なんでも国レベルでカテゴライズしてしまうのは、よくないな。

 「ねぇ、何時に帰るの?」
 「六時半の電車」
 「短いな。ビールでも飲みに行くか」
 「そういえば、まだここに来てビールを飲んでないよ」

 そんな因果関係がめちゃくちゃな会話の後、僕らはバーに移動することに決めた。さすがお酒が大好きな国だけあって、ビールの銘柄が数えきれないほどある。僕は友人おすすめのビールを飲むことに決めた。背の高いグラスに並々と注がれる生ビールを見て、僕は少しだけ心配になる。僕は、お酒が弱い。

 「いやー、飲みきれんかったら俺が飲むからさ!」こちらも日本語ペラペラの友人は、すでに少し酔っている。
三分の一ほど飲み干したところで、僕の平衡感覚が失われ始めた。これは帰れなくなるかもしれない。僕はそこで飲むのを中断するという英断を下した。

 また、新たな友人が登場した。僕と同じ時期に日本から留学していた彼は、今スウェーデンで彼女と一緒に暮らしている。
今はスウェーデン語を学び、ここの大学院を目指しているということだ。彼を見ていると、本当に人生何があるかわからないな、と思わされる。
僕はいつだって計画しすぎているし、予定通りに物事が運んだり、先の見通せる人生を好む傾向にある。僕は彼のように生きようとは思わない。けれど、彼を見ることで、僕は僕の傾向をより理解し、僕に合った人生の過ごし方を目指すことができるようになる気がするのだ。そういう意味でも、いろいろな人と話をすることはいいことなんじゃないかと思う。七時間のヨーテボリ滞在は、そのようにしてあっという間に終わってしまった。

 列車の窓から手を振る僕に、皆は僕が見えなくなるまで手を振り続けてくれた。まるで映画の一場面みたいだった。僕たちの暮らしの中には、いたるところに映画やドラマがある。それを見栄えがするようにうまく切り取ったものが実際の映画やドラマになっているだけで、その他の日常も全て織り込み済みで毎日を暮らせるようになることがオトナになることなんじゃないか、とふとそんなことを思った。

 帰りの電車では、僕はここ数ヶ月の間で一番ぐっすりと眠り込んだ。

ヨーテボリ中央駅
ヨーテボリ中央駅。
趣があって、すごく好きな駅のひとつ。

ビール
びーる!
この大きさ伝わりますでしょうか。
しかも、度数が高い…

【引きこもりの北欧紀行】第一章その17 休息日

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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