【引きこもりの北欧紀行】第一章その18 都心の古道具屋

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Sweden Day 5
 目が覚めて、ここがどこだか思い出すまで時間を要することがある。先ほどまでの夢の内容をうまくすり抜け、昨日の記憶へ脳を移動させる。そして、今僕がおかれた状況について即座に判断を行う。

そう。僕は今スウェーデンにいる。ここでパズルがかちりと音を立てて、ぽっかりと空いた穴にはまる。

 顔を洗う。
 用を足す。
 着替えをする。
 朝の決まりきった行動というものは、どこの国でも共通している。僕らは朝食を調達するべく、またも近くのスーパーマーケットへ足を運んだ。

 スウェーデンのスーパーマーケットは、フィンランドのそれに比べてオーガニック製品が実に豊富で、スーパーフードの価格も安いのだ、と健康志向の彼女は言う。
僕も比較的「ヘルシー」とカテゴライズされる食べ物を好むが、彼女の知識や態度の前では未熟で徹底されていないベジタリアンだ。
僕と違って運動もしっかりと取り入れている彼女の足は、程よく筋肉がついて実に魅力的だ。全く、どこを見ているのだ、僕は。

栄養たっぷりの朝食を済ませると、僕たちは身支度をし、ホテルを後にした。
僕たちがどちらも健康的な食事を好み、人混みを好まないという事実は、僕らの関係を円滑に運ぶのに役立った。
彼女の調べにより、僕たちは郊外のフリーマーケットに出かけることに決めた。

ひとつ目に訪れたマーケットは、地下の陰気な場所にあった。15スウェーデンクローナの入場料を必要とし、知る人ぞ知る隠れたマーケットといった印象を持った。売り手はほとんどが移民であるようだったし、並んでいる商品もなんだか哀しげに見えた。
僕たちはここを早々に後にすることに決めた。最初の乗車から75分間有効な地下鉄のチケットが、帰りにもまだその有効性を維持しているくらい、短い滞在だった。

 次に向かった駅は、街の中心を挟んで反対側にあった。
駅に降り立った僕らは、再び不安な気持ちに駆られることになる。
とにかく人がいないのだ。
あの狂気的なまでに混雑した街の中心から、電車で15分も離れていないここがこんな調子なのだ。観光地というものは、全く不思議な成り立ちをしている。

 とにかく地元の人のようななりをした人に聞いてみよう、というところで僕と彼女の意見は概ね一致していた。
親切そうな女性の親子連れに聞いたところ、街にはセカンドハンドのショップが点在しているとのことだった。このエリアの店は僕たちの(主に彼女の)好みにうまくフィットした。
明るく照らされた店内には、服や食器や本が所狭しと並べられ、そのどれもが計算しつくされたレイアウトのもとで輝いていた。僕は荷物の関係で食器や本を買うことをしぶしぶ諦めねばならなかったが、ただ眺めているだけでも十分に楽しい時間だった。

 僕たちは唐突に疲労を感じた。
いくら乾燥した北欧の夏だとはいえ温度計は30度近くを示していたし、ここの太陽は日本よりもずっと強く僕たちの肌を焦がしていた。
ホテルに戻ると、僕たちは遅い昼食を摂った。彼女はシャワーを浴び、くつろぐことに決めた様子だった。
僕は彼女に断り、本日の残りの時間を仕事に費やすことに決めた。
僕たちは明日、ゴットランド島へ出発する。大げさではなく、夢にまで見た場所だ。
僕は島での時間を十分に満喫するために、できるだけ仕事を早めに終わらせてしまいたかった。

きちんと業務をこなすこと。それが今回の北欧訪問にあたり、僕とボスとの間で取り交わされた約束だった。そのようにして五日目の夜は更けていった。

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フリーマーケット

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その1 ゴットランド島 憧れの魔女の島へ

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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