【引きこもりの北欧紀行】第二章その1 ゴットランド島 憧れの魔女の島へ

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Sweden Day 6

 ばりばりばり。
 真夜中、大きな雷の音で目が覚めた。まるで難破した船の中にいるように、その音はありありと僕の中に侵入し、身体を揺らせた。
 「暖かい気候になる北欧ではよくあることよ」と彼女は窓の外を見つめながら言った。
僕は今日のフェリーがちゃんと出港してくれるのかどうか、それだけが気がかりだった。

 再び目を覚ました時、窓の外にもはや嵐の姿はなく、ただ静かな風景が広がっていた。
 「今日は涼しくなりそうね」
 彼女は何でもなかったかのように言うのだった。さすが、慣れているのである。
僕たちは余ったフルーツやナッツなどを朝食代わりにし、ロビーでコーヒーを飲んだ。多くの観光客がロビーで朝食を摂る姿は、なんとも平和で牧歌的な風景だった。

 その風景とは対照的に、今日の僕たちは世界の情勢について実に様々な意見を交換し合った。スウェーデンとフィンランドの格差(日本から見ると、その二国に大差は見られないように感じられるかもしれない)、最近墜落したマレーシアの飛行機のこと、フクシマのこと、それから、世界が再び戦争の渦に巻き込まれるかもしれないこと。
 僕らは僕らなりに態度を示さなければならない。太陽エネルギーを使って自家発電をする、あまり多くのものを消費しないようにする、そのような一人ひとりの小さな行動の集まりでしか、世の中の軌道修正を行うことはできないのだ。ここに来て僕は、北欧にいることをもはや異国体験とは思わなくなった。地球は繋がっている。世界中に考えを共有できる人は確かに存在する。彼女は同志だ。

 それから僕たちは、二杯目のコーヒーを片手にフィンランドに着いてからの計画を話しあった。ベリーピッキング、ボート乗り、水泳、トーベ・ヤンソン(あのムーミンの作者だ)の博覧会など……。
 僕らは笑顔を取り戻した。

 さて。今日は夕方の大移動のためにエネルギーを残しておかねばならない。
僕はホテルのチェックアウト時間ギリギリまで仕事をし、例のスーパーマーケットでいくらかの食べ物とおみやげを買った。これでゴッドランド島では仕事をしなくていいはずだ。
僕は本当にこの二日間よくやったと思う。僕がすっぽり入ってしまうくらいの、愛すべき巨大な黒いキャリーとともに僕と友人はホテルを後にした。実に居心地のいい、素晴らしいホテルだった。

 再び、さて。
ここからの道のりが実に涙ぐましいことを、告白しておかねばならない。まず僕らは、一番近くのバス停からバスに乗ろうとした。
僕の荷物を見かねた親切な男性が、僕の荷物を代わりに持ってバスの中まで行ってくれたのだが、悲しむべきことに僕たちは事前にバスの切符を買わねばならなかったのだ。
一体、あの小さなバス停付近のどこに切符売り場があったというのだ。何よりその男性の優しさを裏切ることになってしまったことで、僕の心は随分と摩耗してしまった。
そうして近くの地下鉄駅までタクシーを呼ぶはめになった。地下鉄はお世辞にもいい匂いとは言いがたく、さらに夏の花火大会から楽しい気持ちだけを抜き取ってしまったかのような、陰気臭い蒸し風呂だった。
僕は普段から不平ばかりを言っているわけではない。本当に日本の地下鉄が恋しくなってしまうくらいだったのだ。おまけになにもかもが高い。北欧プライスの威力を僕は早くも身に染みて痛感していた。

 そうしてなんとかストックホルム中央駅に辿り着き、地下鉄からバスターミナル近くまでの長い長い道のりをキャリーとともにした末、一軒のカフェで休息を取ることにした。気のいい店員が作ってくれたカフェラテのなんとうまかったことか。
スウェーデンのコーヒーが美味い以上の何かが、確かにあった。疲れるというのは、案外悪くない。
16:50に出発するはずのバスだったが、僕らは余裕を持って30分は早く着いていた。驚くべきことに、そこにはすでにバスが到着しており、ほとんど全員の乗客が席についていた。おかげで僕と友人は離れ離れで座ることになった。
皆、夏の休暇を過ごすゴットランド島に浮き足立っていすぎるのだ。

バスは25分も早く出発してしまった。ここでは運転手さえもが浮き足立っている。

ホテル

ホテル

スタイリッシュなホテルのロビー

カフェ

ただのチェーン店のカフェラテがこんなに美味しかったことはない

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その2 船上の太陽

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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