【引きこもりの北欧紀行】第二章その2 船上の太陽

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その1 ゴットランド島 憧れの魔女の島へ その1

 フェリー乗り場に着くと、案の定僕らは長い間待たされる羽目になった。
バスは早く出発するべきではなかったのだ。誰もが大声で話し、恋人たちはキスを交わし、子供たちは駆け回っていた。
スウェーデン人という人種は、なんと楽しそうなのだろう。僕が九月から五月まで留学していた時に出会った人々は、果たしてこの人々と同じなのだろうか。きっと彼らは季節によってうまく気分の盛り上げを調節できるのだ。

 フェリーに乗るやいなや、僕たちは夏の太陽をカメラに収めるために甲板に出向いた。
ひとしきりシャッターを押し終えてしまうと、あとは特にすることがなくなった。僕はパンと果物を食べ、彼女はトマトを少し摘んだだけだった。
彼女は本当にものをあまり食べない。僕はどのようにして彼女の大きな身体(日本人と比較して、ということだが)が動き続けているのか甚だ疑問に思った。あるいは彼女はダイエット中なのだろう。
僕は、隣でむしゃむしゃと口を動かしていることに多少なりとも罪悪感を感じ、せめて顔だけを外に向けることに決めた。

 悲劇は突然に訪れた。フェリーの細やかな揺れに、僕の体が悲鳴を上げ始めたのだ。
僕の胃は食べた物を押し戻そうとし、僕はそれに必死で耐えた。座り続けている腰はごきごきと何かを訴え、足は何かにふくれっ面をしているかのごとくむくんでいた。僕は眠ろうと努めた。

ついにゴットランド島に着いた時、僕たちは相当に疲れていた。ストックホルムよりも南に位置するここはすでに暗くなっていたし、ホテルの位置する場所を見つけようにも、周りはみな観光客ばかりで誰もが道を知りたがっていた。
ホテルはここから歩いて8分なのだ。そう遠くはない。破れかけた地図を頼りに、僕たちは祈りを込めて歩き続けた。

 「多分だけれど、この道が一番近道だと思う」

 そう言って彼女が示した道は、緩やかな丘だった。本意ではなかったけれど、僕はキャリーをその方向に向けた。
 緩やかな丘。
僕は確かにそう言った。しかし、25キロはあろうかというキャリーを携えて登る坂道は、僕が想像する以上に険しかった。
それはまるで、ボーリングの玉を指にはめ込んだままスキップをして100m走をしろと言われた時と同じくらいの絶望感を僕に与えた。
もっとも、僕はボーリングの玉を抱えてスキップをした経験はないし、そんな理不尽な要求を甘んじて受け入れるつもりもないのだけれど。例えば、の話だ。

しかし、泊まるところがあるということは幸せなことだ。今ここにいられることも、腹をすかせていないことも。

 僕らはそのように考えるべきなのだ。

ゴットランド島
あのボートはどこへ向かうのだろう

ゴットランド島2
貴重な夏の太陽。
人々は貪るように日光を慈しむ。

ゴットランド島3
僕は、彼女がカメラを構えている姿がたまらなく好きだ

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その3 フレッシュなオレンジジュース

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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