【引きこもりの北欧紀行】第二章その3 フレッシュなオレンジジュース

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その1 ゴットランド島 憧れの魔女の島へ その1

Sweden Day 7
 翌朝、彼女は飢えていた。
 僕たちはホテルの朝食スペースが混雑していることを嫌い、近くのパン屋へ足を運んだ。
地元の人らしき人が多く訪れるここは、僕に日本の有名な映画に登場するパン屋を想い起こさせた。修行の身の魔女っ子が、海の見える街で宅急便の仕事をするという内容のその映画は、僕のお気に入りの映画の一つだ。
いや、訂正しよう。僕の最も好きな映画だ。それはストックホルムと、このゴットランド島が舞台となっているらしく、僕の今回の旅の目的もそのゴットランド島をやらを見てみたいというのが主だ。
彼女はサンドイッチとカフェラテとオレンジジュースを、僕はパンとコーヒーとオレンジジュースを購入し、テラス席についた。

 オレンジジュースは、本当のオレンジを絞ったものらしかった。その証拠にカップの底にはオレンジの種が沈んでおり、それは僕を幸せな気持ちにさせた。
スーパーに並んでいる、あのわけのわからないオレンジ風の砂糖水とはわけが違う。
コーヒーも時間がかかった分できたてで、おかげで僕の目はしゃっきりと醒めた。
加えて、僕が食べたパン。全粒粉がたっぷりと混ぜ込んであって、上には小麦粉が振ってあって、香ばしくて、もっちりとした生地はやや固めで、噛むと少しだけ甘くて、ああ、思い出すだけでもよだれが出そうになる。
僕はパンと果物に目がないのだ。どうして日本のパンはあんなに気が触れたみたいに柔らかくて、甘いか辛いかのどちらかで、とびきり高いのだろう。きっと、それだけで食事になるようなパンが日本では好まれるのだろう。
まるで映画の一場面みたいなテラスでの食事を終え、僕たちはホテルでのチェックアウトを済ませた。

 ここからはまた長い道のりになる。
キャリーたちに街の景色を見せてやるために、僕たちは街の周りに沿ってバスターミナルまで向かった。次の宿はここからバスで一時間、さらにそこからタクシーで15分行ったところにある。遠い道のりだが、この忙しい季節に空いている宿はそうそうない。バスターミナルでは、愛想のない女性スタッフが退屈そうに番をしていた。

 「この駅へ行きたいのですが、バスはいつ出発しますか?」

 「たぶん一時間後」

 「そこからタクシー、拾えますか?」

 「んー、微妙ね」

 「タクシー会社の電話番号教えてもらえますか?」
 そこまで話したところで、そのスタッフは大きなため息をついて電話番号を確認しに行った。

 「ねぇ、ここの人たちはどうしてこうも無愛想なの?観光業で成り立っている島なら、もっと観光客に優しくしてもいいはずよ。しかもなにもかもがスウェーデン語。ここには外国人は来ないの?」
 彼女は癇癪をおこしかけていた。

 バスで一時間。そこから来るアテもないタクシーでさらに15分。宿の主は決して迎えには来てくれない。一体全体どういうわけでそんなところに泊まらねばならないのだ。僕も確かに彼女と同意見だ。口には出さないけれど。こういうところは、僕の典型的日本人がいかんなく発揮されるところだ。

 「ねぇ。もしかしたら、このあたりで泊まるところを探したほうがいいのかもしれない」僕は思いつきで提案した。

 「そうね……空いてるかはわからないけれど、探してみる価値はありそう」彼女も乗ってきた。

 そうと決まると、僕たちは先ほどチェックアウトしたばかりのホテルへとんぼ返りし、今晩空き部屋があるかどうかを尋ねた。運の良いことに、今日に限り僕らはダブルルームを予約することができた。目玉が飛び出るほど高かったが、背に腹は代えられない。僕たちはここに留まりたいと、心底そう願っていた。
予約していた宿にキャンセルの連絡を入れる。多少のキャンセル料は目を瞑らねばならないだろう。ともかく僕たちはここに留まる。うん、良い決断だ。そうして僕たちの宿ハンティングが始まった。

スウェーデン旗
スウェーデンの国旗は、日本のそれが与える印象とまるきり違う気がする

パン屋
近所に住む現地の人たちで賑わう朝のカフェ」

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その4 ほんとうにあったキキのせかい

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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