【引きこもりの北欧紀行】第二章その4 ほんとうにあったキキのせかい

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その1 ゴットランド島 憧れの魔女の島へ その1

 フィンランドへのフライトは金曜日。それまでの間、僕たちは何とかしてここで生き延びる必要がある。
野宿は避けたいね、そう笑いあった2人の目は、うまく笑えていなかった。
早速街へ繰り出した僕たちは、「Rum」という看板を目にする。RumはRoomという意味だから、ちょっとここで聞いてみましょうと言う彼女とともに扉に手をかける。

 それはまるで誰かの家みたいだった。趣味の良い、イギリスのマダムが住んでいそうな家だ。
そしてそこで毎日のように茶話会が催されているような素敵な庭があった。花があり、テーブルセットがあり、日が射していた。
誰かの夢の中みたいだった。

ただそこに人がいないだけだった。

僕たちはおそるおそるドアベルを押し、待っていた。間の空いた後、年老いた女性の声が聞こえたが、彼女はスウェーデン語で話したため僕たちはほとんど聞き取ることができなかった。

 程なくして、僕の想像通りの品のいい女性がドアに姿を現した。彼女は僕らの訪問を喜び、僕の肩を叩きながら中へ招き入れてくれた。
どうして彼女がそれほどまでに嬉しそうなのか僕にはさっぱり理解できなかったが、なんだか僕も嬉しい気分になった。しかしながら、彼女は相変わらずスウェーデン語しか話さなかったし、まるで僕らがスウェーデン語を何から何まで理解しているみたいに振舞っていたものだから、これはなかなかに愉快だった。

僕の友人は第二外国語であるスウェーデン語を何とか理解しようと努め、僕は留学中にほとんど身に付けることのなかったスウェーデン語のうち、知っている単語を並べ立てて宿の確保に貢献しようとした。
僕は僕が案外スウェーデン語を理解することに驚いた。数字と曜日、あとは身振り手振りで僕たちは意思疎通を図ることに成功したらしい。
次の日からの三日間、僕たちはかなり安い値段でこの素敵な宿に泊まることができることになった。
なるほど、ここはきっとインターネットの検索サイトには載らない類の場所だ。僕はこういう時、たまらなく嬉しくなる。

 すっかり機嫌を良くした僕たちは、意気揚々と街へ繰り出した。ここVisbyは、ゴットランド島の唯一の街らしい。
もしあのまま島の反対側の宿へ行っていたら、僕たちは一体何をして四日間を過ごせばよかったのだろう?きっと何もしないことが、ここで言う休暇なのだろう。

 幸か不幸か、昨日からの一週間、この街ではある種の祭りが行われるようだった。前のホテルのフロント係が教えてくれた。彼女は陽気な若い女性で、ブロンドの髪とブロンドの腕毛と素敵なウィンクを持っていた。
その祭りは、日本語でいうところの「中世の祭り」といったところだろうか。
街は中世の民族衣装をまとった人々で溢れかえっていた。あまりにも多くの人がこの街に上陸していた。

 街はなるほど、僕の気に入りの映画そのものだった。僕は興奮のあまり数えきれないほどの写真を撮った。
芥子色、煉瓦色、夕焼け色、クリームがかった白、街には暖かな色をしつらえた家々が並んでいた。
そしてしばしばそこには中世の衣装を着た人びとが写り込んだ。うん、悪くない。

街の中心にはその街の風景に似つかわしくない、現代社会の象徴としてのスーパーマーケットがあり、僕たちはそこで飲み物と果物を買った。
僕たちは夏バテを起こしていた。日本よりも涼しく、乾燥した気候ではあったが、長時間歩くことに慣れていない僕は相当に疲れ始めていた。

三、四時間も歩いた頃、僕はついに限界を迎えた。焦点は定まらず、ただ僕は抜け殻のようになった。僕たちはホテルに戻ることに決め、大きなパンといくらかの果物を購入した。
シャワーを浴びて汗を流してしまうと、僕はここに来て初めて昼寝をした。長く平和な昼寝だった。やわらかな布団が僕を包み、僕は日本の夢を見た。それは、もしここがスペインならシエスタと呼ぶにふさわしい、静かな眠りだった。

城壁

風景

風景2

風景4

風景3

お茶

ここで誰かがおいしいコーヒーとシナモンロールを食べるのだ。
そうに決まっている。

お伽話2

りんご

お伽話の中に僕たちが入りこんだのか、それともお伽話がこちらの世界にやってきたのか。

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その5 夕陽だけはいつもそこに

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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