【引きこもりの北欧紀行】第二章その5 夕陽だけはいつもそこに
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【引きこもりの北欧紀行】第二章その1 ゴットランド島 憧れの魔女の島へ その1
平和な眠りはしばしば妨げられる。
大きなトラックがバックする音と、愉快な笑い声で目が覚めた。開け放した窓からは、まだまだ元気が有り余る人々の声がした。
「もう、スウェーデン人きらい。どうしてあんなに騒がしいのかしら。多分休暇だからって浮かれてるのね」彼女は本を読みながらむくれていた。
時刻はまだ夕方の五時にもなっていなかった。この時間に騒ぐ人々に対して不平を言うことはできない。
ただ、誰もがあまりにも元気なことに僕は驚いていた。
僕は空腹を感じていた。トマトを洗い、オレンジを剥き、パンを切り分けた。彼女はまたしてもナッツをいくらか口にしただけだった。僕は段々と彼女のことが心配になったが、とにかく穏便に事を運ぶこと好む僕には何も言えなかった。
八時になると、僕たちは外に出た。ホテルの近くに眺めが良い場所がある。
僕たちはそこに陣取り、一時間あまりそこに座って夕陽を眺めていた。
時折シャッターを切り、あとはただ黙って沈みゆく橙(だいだい)に想いを委ねた。
夕陽はいい。普段ゆっくり眺めることなんてあまりないけれど、世界中の誰もが同じものを見られるというのはなかなか素敵なことだと思うのだ。
僕が日本にいた時も、太陽は同じように僕たちをオレンジに染めていたのだろうか。
そういうことに気付くには、僕らの日常はあまりにも慌ただしすぎる。そのほうがあれこれ生きる意味を考えなくて済むのかもしれないが。
夕陽を映す建物というのもなかなかいい
だんだんと、けれど刻一刻と日は落ちる。
じっと見つめているだけなのに、どんどんと日は沈み、無意識の思考が頭の中を占める。
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【引きこもりの北欧紀行】第二章その6 旅の朝は腹が減る
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ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。
文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。
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