【引きこもりの北欧紀行】第二章その10 戦う男たち

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その1 ゴットランド島 憧れの魔女の島へ その1

Sweden Day 9
 少なくとも五種類の夢を見た後、僕は目覚めた。あまり歓迎できない種類の夢もあったように思う。夢というのはいつもカオスの中に存在している。どうしてあの場面であの人が出てくるのか。誰にも理解しがたいことだ。僕にさえ。

 時計は六時前を指していた。僕は本を携えてキッチンに行った。あるいはそれも夢だったのかもしれない。身体はそこにあったけれど、僕の精神は深い寓話の中に沈んでいた。そして再び眠りについた。

 僕は眠りすぎた。
 気が付くと彼女はいなかった。時計は九の数字を指し、あたりは静けさに満ちていた。今週いっぱいがお祭り騒ぎのこの島で、あたりが静かというのはどうも妙な気分がするものである。僕は僕だけがこの世界に取り残されたみたいな孤独感に襲われた。

 取り立ててすることもないので、僕は顔を洗い、用を足し、歯を磨いた。例え今日が世界の終りだとしても、僕は寝起きにこれらの儀式を済ませ、水をコップ一杯飲むことを忘れないだろう。世界の終りは何も特別な日ではなく、ただいつも通りの日常の最後の日として君臨すべきなのだ。

そうこうしているうちに彼女が戻ってきた。
彼女は戻ってきた。まだ世界は続く。
彼女は二杯のコーヒーを携え、一つを僕にくれた。彼女はコーヒーを日に三杯は飲まないと落ち着かない人間なのだ。
眠りすぎたあまり、さらなる睡眠を求める僕の身体にコーヒーがうまく作用してくれることを期待して、僕はありがたくそれをいただいた。

食卓にはメロンが並んでいた。ここのメロンは日本のメロンとは随分様子が違う。まず、あの網のような裂け目がない。そして、食感もより固く、甘さが少ない。僕は柔らかくて、舌にピリピリとくる日本のものよりも、こちらのメロンのほうがずっと好みである。
他にも何かしら食卓に乗っていたような気がするが、忘れてしまった。僕は眠気を感じていたのだ。

 朝食を済ませてしまうと、僕はすばやく着替えと化粧を済ませた。それでもすでに全ての準備が整っていた彼女を待たせることになったしまった。

 僕たちはこの小さな街で、どうにか毎日違う道を見つけようと努力し、今日は街を囲む壁の外に沿って歩いてみることにした。
程なくして僕たちは人だかりに遭遇した。そこでは中世の騎士の格好をした男性たちが、音楽に合わせて剣と盾を持って闘うパフォーマンスが行われており、それは僕らを大いに楽しませた。
彼らはいつもどちらか一方が長い剣を持ち、もう一方が短い剣と盾を持っていた。そして、いつも盾を持っている方が負けていた。盾は君の身を守るのに役立つが、君の視界を奪うことも忘れてはならない。

 五組ほどの闘いを見届けてから、僕たちは壁の中へ入っていった。壁に囲まれたエリアというのはどこかしら安心感を与えてくれたし(僕はやや奴隷的性向の持ち主なのかもしれない)、何より建物が素敵だった。
気の向くままに歩くと、目の前に再び昨日のマーケットが現れた。僕たちはここが大の気に入りだったし、何か気の利いた土産物も探す必要があったので、喜んで足を踏み入れた。

 そうして二人は再び中世のスウェーデンへタイムトラベルした。

 時間が早いせいもあってか、昨日よりも人の出は少ないように思えた。再訪のおかげで少しばかり余裕のあった僕たちは、昨日よりもじっくりとひとつひとつの店を楽しみ、目に焼き付けていった。
そこには半裸の男が営む鍛冶屋があり、紡績の技術を持った老婆がおり、革製品の加工屋がリストバンドを作っていた。
どれもこれもが近い将来なくなってしまいそうな伝統文化で、そのどれもが守るべき大切なもののように思えた。

進化は何かを捨て去り、新しい何かを手に入れることだ。多くの場合、それらを選ぶことはできない。しかし、それでも僕らは何を捨て去り、何を守っていくかをじっくりと見定め、何かしらを選び取っていく力を有しているはずだ。僕はそう信じたい。

 僕たちは、とある一軒の店で質のいいカバンを見つけた。自然由来の材料と素晴らしい技術の結晶なのだと想像できたし、僕はそのデザインと色が気に入った。僕は、僕と妹に色違いでその揃いのカバンを購入することに決めた。
世界で一番の僕の理解者である妹に、これくらいのプレゼントは惜しむべからずだ。
妹をよく知る僕の友人も、いくらかを投資してくれた。僕らは嬉しくなり、ついに中世の品を携える身となった。

戦う中世の騎士
男同士の戦いが繰り広げられる。

ゴットランドの壁
壁の中と外。どうしてだか中のほうが落ち着く。

ゴットランド鍛冶屋
鍛冶屋。

スウェーデン中世の音楽
音楽隊。きっと何百年も何千年も前から、人々は音楽と共にあった。

ゴットランドのかばん
クリスマスみたいな色。本当の獣の毛を使ったカバンたちだ。

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その11 水メロンと教会

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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