【引きこもりの北欧紀行】第二章その12 知らないことの悲しさと楽さ

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その1 ゴットランド島 憧れの魔女の島へ

 歩みを進めると、再び例のマーケットに行き着いた。しかし、僕たちはマーケットを突き抜け、海岸を歩くことを選んだ。教会のおかげもあって、僕たちの心は静けさを求めていたのだ。

 そこには昨日よりもずっと美しい景色が広がっていた。それが天候のせいなのか、僕の心の変化なのか、僕には判断がつかなかった。それは手付かずの白いキャンバスで、罪のない子どもの笑い顔で、天からの救いとしてそこに存在していた。

 僕たちはこの数日間でよく笑い、よく話した。正直に言って、遠く離れたこの地にこれほどまでに価値観の合う人がいるのは驚きであり感激であった。誰かとこんなにも長い時間を過ごし、露ほどのストレスも感じないというのは、僕にとってほとんど奇跡だった。
それは彼女の偉大なる寛大さと、僕のささやかな成長の賜(たまもの)であるように思えた。もはや彼女と結婚すべきではないかと思うくらい、僕には新鮮な体験だった。
残念ながら彼女はすでに夫を有していたけれど。彼女は様々なことを僕に話してくれた。

 僕は僕なりにこの数年間で成長を果たし、僕の生きる道を見つけたと確信に近いものを得ていたはずだった。それでもなお、彼女との会話を通じて、発見が山のようにあった。
僕は日本にこもって狭い価値観で生き続けることの恐ろしさと、世界の広さを知らずに過ごすことの悲しさを知った。
おそらくそれは「選択の必要がない楽(らく)さ」とも言い換えられるかもしれない。ともかく僕は若いうちに海外(もしくは自分が異質な存在になれる場所)へ出ることを推奨する。言葉にすると、誰もが言いそうな陳腐な言葉になってしまう。

 それから時間をかけてゆっくりと宿に帰った。
 彼女はシャワーを浴び、僕はその間に宣言通りスープを作った。じゃがいもと玉ねぎと豆とパプリカを使った、野菜のコンソメスープだ。彼女がシャワーを浴び終わった後、交代で僕もシャワーを浴びた。その間に彼女はサラダとパンを準備してくれ、僕らの夕食の準備が整った。僕たちは僕たちが作った夕食に心から満足し、食後の西瓜とパイナップルをつまみながらコーヒーを飲む間、彼女が青森で農業体験をした時の写真を見ながら談笑した。彼女が望み通り、いつか日本に住むことができることを心から祈っている。

 突如降りだした雨の中で明るく沈んでいく夕陽を見つめながら、僕たちは残された最後の一日の過ごし方を計画した。全ての出来事に終りが来る。その揺るぎない事実は、僕たちに今日の大切さを教えてくれるのだ。

 部屋には、昨日はいなかったはずのハエたちが姿を見せていた。おそらくこの変わりやすい天候のせいだろう。見事なまでに伝統的なスウェーデンスタイルに彩られたこの部屋で、それらはむしろ優雅にすら見えた。僕の眠りを邪魔しない限り、特に気にする存在でもなかったのだが。

お伽話のゴットランド島

ほんとうにおとぎ話の中の光景みたいだと思いませんか

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【引きこもりの北欧紀行】第二章その13 時間が僕たちを迎える20

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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