【引きこもりの北欧紀行】第三章その4 食事が三度なんて誰が決めた?

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 目が覚めると三時半を少し回ったところだった。産まれたての子どものような気分で、もぞもぞとハンモックを這い出る。最も、産まれた頃の記憶なんて欠片も残っていないが。

 家の正面の方の庭では、彼女と夫が先刻二人して建てたばかりの大きなテントでくつろいでいた。
僕の知る限りでも、今週に入って彼の休みは三日あった。彼女は今学校通いをしているため ―フィンランドでは、教育費は無料なのだ― 、どのようにして二人の生活がこれほどまでの質に保たれているのか、甚だ疑問である。ここには日本人の僕からは想像もできないような、全く違った生活の成り立ち方があるに違いない。

 それから僕は仕事をした。できるうちに、できるだけのことを済ませておかねばならない。
仕事とはなんのためにあるのか?忙しいと嘆く日本人の中で、本当に誰かの役に立つ仕事をしている人はどれくらい存在するのか?
そんなことをいくら考えたところで流れはそう簡単には変わらない。僕にできる事は、自分のこれからを選択していくだけだ。
何をして生活を立て、何を食べ、何時間眠り、休日はどう過ごすのか。個人に与えられた選択はそのようにささやかなものであるし、逆にある種の選択自由は誰もが有する権利であるはずだ。

 夕方の五時半頃、僕たちは簡単な夕食を摂った。
大柄な割に、彼らはあまり食事らしい食事をしない。すべてが軽食のようだ。内容も昼とさして変わらない。冷蔵庫から適当なものを引っ張りだし、それぞれが好きに食べる。これがここのスタイルだ。

 その後、彼女はゴットランド島の写真を僕たち二人に見せたがった。彼女の写真は、控えめに言ってもすごくいい。視点がいいのだ。それは弘法筆を選ばず、で、例えスマートフォンで撮った写真であろうとそこには彼女らしさが溢れている。
写真展が終わると僕たちは拍手をしあい、またそれぞれの時間に戻っていった。八時半頃に仕事を終え、シャワーを浴びた。

 そのようにして四度目の食事が始まった。
 そう、四度目の食事。彼らはこういうこともできるのだ。なるほど。僕はここで推測を立てるべきではないのだ。
あらゆる意味で、推測は裏切られる。ちょっとだけ、本音を言うと、ほんの少しここの食べ物に飽きはじめていた。それでも彼らとなら、愉しい食事になるのだが。

 僕と彼女は、今日建てたばかりのテントの中で眠る計画を立てていた。ブランケットと枕と電灯と本を持ち込み、まるで小さな子供のお泊りみたいにワクワクしながらテントの中に潜り込んだ。彼女が貸してくれたインドに関する小説を読みながら、僕は眠った。

フィンランドごはん

右手に見えますのは、「WAKAME」です。めちゃめちゃ高い、めかぶみたいなやつです。
すごくおいしいです。
そして、すいかも種が少なくておいしい。

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【引きこもりの北欧紀行】第三章その5 凍えるおとぎ話の世界

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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