【引きこもりの北欧紀行】第四章その15 下される鉄槌

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 お腹も心も満たされたところで、僕たちはいよいよ観光に乗り出した。
 まずは何から何まで真っ白な大聖堂。ここでは今まさに結婚式が執り行われていたが、なんと、静かにしていれば入ってもいいとのことだった。

 「僕なら自分の結婚式に観光客がいるなんて、なんだか嫌だな」と僕が言うと、

 「あら、リトアニアでは結構普通のことよ」と彼女はさらりと言った。信じられない。

 大聖堂の外で、彼女はちょっとしたまじないを教えてくれた。リトアニア語で「奇跡」という意味の単語が書かれたサークルの上で、願い事を考えながら三度回ると願いが叶うらしい。僕は三半規管が弱くすぐに目が回ってしまうのだが、これはやってみるしかない。彼女の助けのもと何とか三度回ることに成功したが、三半規管の心配をしすぎて願い事を忘れてしまった。
まぁどの道これといって欲しいものや叶えたい願いはないのだ。あるにしても自分で何とかできるようなことばかりだし、僕の三回転は世界のどこかの人のために使ってもらうことにしよう。

 それから僕たちは、オールドタウンと呼ばれる古い建物が並ぶ通りを抜け、広場まで出た。今日はたまたま、伝統的なリトアニアの文化を紹介するイベントが行われていて、そこでの体験は本当に面白かった。製本の技術だとか、鋳物だとか、リネンの糸を作る技術だとか、動物の脂肪から作った石鹸だとかが僕らを魅了した。

 そう、それはスウェーデンのゴットランド島で見た、中世の催し物にかなり似ていた。人びとは昔ながらのコスチュームを纏い、それぞれの文化を伝えていた。
僕はそこで、念願のカッティングボードを安く手に入れることもできた。気分はまさに絶好調だった。買いたいものを全て満足の行く形で買うことができ、もう文句のつけようがなかった。
そのように調子に乗っていた僕に、程なく鉄槌がくだされることになる。

 広場の真ん中には、ギロチンの装置が置かれていた。
周りには、斧を持って顔を隠した男性、装置を固定する男性が控えていた。場の流れで、あろうことか僕はそのギロチンの装置に固定される羽目になった。実際その装置に取り付けられてしまうと、僕は面白さよりも恐怖を感じた。
その上斧を持った男性が、文字通り僕の首筋に当たるくらいに斧を近づけたのだ。これにはさすがに悲鳴を上げてしまった。まったく冗談にしては本気の度合いが過ぎた。

 僕を解放するために、彼女はどこかしら外国のコインを要求されていた。運の良いことに、彼女は中国のコインを持っていて、僕は無事救出された。僕たちは大いにこの冗談を笑いあったが、僕は二度とギロチンの装置に設置されるのはごめんだと心に決めた。彼女は僕の命の恩人になった。

 それから僕たちはフローズンヨーグルトを食べた。大きなカップに自分で好きなだけ入れて、グラム数によって価格が決まる。
僕はラズベリー、プレーン、ミックスベリーのフローズンヨーグルトをカップに入れた。なんとも平和な、土曜日の午後だった。
そうして、その後はいろいろと寄り道をしながら車まで戻った。

 「ごめんね。すぐに色々なことに好奇心を持って行かれちゃって、なかなかゴールまで辿りつけないタイプなの」

 「僕は反対に、スタートとゴールを直線で結んで、それ以外は見えなくなっちゃうタイプだから、僕たちは多分足して2で割るのがいいんだろうね」

 「あ、あと一つ違う場所に行ってもいい?」

 「もちろんだよ」
 彼女の好奇心は、疲れ知らずだ。

 すっかり歩き疲れた僕たちは、スーパーマーケットで食材を買って家に戻り、夕食を作った。彼女がオーブンでフレンチフライもどきを作ってくれ、僕は豆腐とキャベツの炒めものを作った。優しい食卓だった。

 夕食が終わると、彼女は明日のためにケーキを作り始めた。バターとクッキーでボトムを作り、その上にベリーのゼリーを乗せ、冷蔵庫で冷やし固めるらしい。

 僕が洗い物をしている時、彼女が居間から僕の名を呼んだ。居間には彼女の両親もいて、二人揃って食事をしていた。テレビの画面には、長い長いリトアニアの国旗を持って、人びとが行進する様子が映し出されていた。

 「リトアニアが自由になってから、まだ25年なの。今日はね、25年前にバルト三国が自由を世界に訴えるために、600kmに渡って手をつないで人間の鎖を作った日なの。だから、その記念日」

 テレビでは、僕たちが今日行ったばかりの大聖堂の目の前の広場で歌手が歌っていた。
 「リトアニアが自由になったのは、私が生まれるちょうど一週間前なの」そういう彼女の顔は、喜びと自由に満ちていた。

 僕がシャワーを浴びる間、彼女はうたた寝をしていた。昨日の睡眠不足が祟って、疲れが出始めたらしい。僕は洗濯物を干し、部屋で彼女の目が醒めるのを待つことにした。

 ぼどなくして彼女が僕の部屋をノックし、眠そうな目をこすりながら入ってきた。
 「ねえ、もう朝まで眠っちゃってもいいかな?映画を見ようと思ったんだけど、眠くなっちゃった。」
 「もちろん。僕は旅行記を書くし、そうだ、今からフルーツも食べようと思ってるし、気にすることない。君は睡眠不足なんだ。寝るべきだよ」
 「ほんと?怒ってない?ごめんね」
 「僕がわがまま言って先にシャワーを浴びたんだから、君が謝ることじゃない。今日はお疲れ様。運転も翻訳もありがとう。おかげで最高の一日だったよ」
 「私も楽しかった。明日はラクにしようね。おやすみなさい」
 そうして僕たちはハグをして、それぞれの時間へと続いていった。

リトアニアオールドタウン
オールドタウンは、車通りもなくいい雰囲気でした

動物の脂肪石鹸
動物の脂肪石鹸

ギロチン
斧が首筋に当たったので、結構本気で怖かったです。

フローズンヨーグルト
お決まりのフローズンヨーグルト
大好きです。

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【引きこもりの北欧紀行】第四章その16 リネンのドロンワーク2

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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