【引きこもりの北欧紀行】第五章その7 豆のスープとパンケーキ

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 その後、僕たちはカフェで簡単な遅めのランチを摂った。
簡単な、とは言っても、僕には多すぎたし塩辛すぎた。
こんな時、好き嫌いの少ないよく食べる弟を持ったことを誇らしく思う。痩せ型の彼は、日本にいる時の倍は食べているように思えるが、毎日いたって健康そうだ。そしてよく眠る。

 僕はほとんど消耗しきっていたが、弟の希望でそのままヘルシンキの大学へ見学に行くことになった。
僕は僕の体力のせいで誰かの予定を変えてしまうのは、できるだけ避けたいのだ。それに、その大学まではそれほど遠くはなく、歩いて十五分ほどだった。

 ここでも僕たちは、秋の始めの天気にうんざりとさせられた。なにせ、天気が気まぐれにコロコロ変わるのだ。さっきまでの、気持ちいいくらいすっかり晴れていた青空が急に暗くなり、二分後には土砂降り、そしてまた五分後にはすっかり晴れ渡るなんていうことが、ここ何日も続いていた。
この天気だけでも、結構疲れてしまう。
その上、僕が外に出ると色々なものが話しかけてくるのだ。道端の横断歩道が「僕が塗られた時はさ、」なんていう風に。

 やっと大学が見えた時、今度は彼女が何かを見つけた。それは質のいい古着屋だった。
彼女はセカンドハンドの店がとにかく好きで、その上ヘルシンキの上質なものとあれば、立ち寄らないはずはなかった。僕はもちろん喜んで同行を受け入れ、店に入ってボーっとしていた。

 肝心の大学は、夏休みということもあって、閑散としていた。それでも、弟は「北欧の大学」を見られたことに満足したらしい。彼は控えめに言っても、かなりのミーハーだと思う。

 そこから家までの道のりは、あまり記憶がない。またもや長い道のりを運転してくれた彼女に感謝しつつ、僕は口を開けて爆睡していた。時刻は午後六時を回っていた。僕にとって、それは間違いなくかなりハードな一日だった。

 スウェーデンとフィンランドには、木曜日にある習慣がある。

 「豆のスープとパンケーキ」だ。子どものいる家庭ではまず豆のスープを食べ、それを食べ終えた子だけが美味しいパンケーキを食べることができるという、古くからある夕食の習慣だ。

スウェーデンにいた時、僕の妹が訪ねてきた期間がある。
あの一ヶ月は今でも僕たちの間で話題にのぼる愉快な一ヶ月だった。
その時にも、スウェーデン式のパンケーキと豆のスープを食べたのだが、妹はあまりそれを好まなかった。
今回、僕は弟とフィンランド式のそれを体験できることになった。
彼女が今日の夕食に豆のスープとパンケーキを作ってくれたのだ。

スウェーデンで作った時は、豆のスープは生の豆を水にふやかすところから調理したが、今回は缶詰のスープだ。
そう、僕たちは今日、ちょっぴり疲れているのだ。そして、僕はスウェーデン式のパンケーキよりもフィンランド式のそれのほうがずっと好みだった。
スウェーデン式は、フライパンで焼いた薄いクレープ生地に、クリームやジャムを付けて食べる。
フィンランドの場合は、もっとバターや牛乳をたっぷり使った生地を、オーブンで分厚く焼きあげる。彼女のそれは、絶品だった。

 僕は今夜も、すっかり食べ過ぎてしまった。彼女の夫が、完全におかしなタイミングで大きな魚を焼き始め、夕食の時間はさらに引き伸ばされることになった。
毎日が宴会みたいだ。その間、僕たちは冗談を言い合ったり、両国の違いや世界の情勢について真剣に話し合ったりする。僕は彼らが本当に、本当に大好きだった。

 秋の北欧の寒さにやられてすっかり冷えきった体をサウナで温め、今日も眠りについた。

フィンランド豆のスープ
豆のスープ。
わたしは、好きな味。
好みが分かれるかも。

フィンランドパンケーキ
このぼこぼことした焦げ目がたまらない

フィンランドパンケーキ2
口に含んだ瞬間の「じゅわり」がたまらない

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【引きこもりの北欧紀行】第五章その8 キモノ、きもの、着物。

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