カナダ旅行記 2日目 ② 〜凍った街と僕ら〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜
カナダ旅行記 2日目 ① 〜真夜中の覚醒〜

午前6時過ぎ。
すっかり朝の時間を満喫した僕らは、太陽を待たずして部屋を出る。
エレベーターで一緒になった肉付きのいいビジネスマンが「やぁ、おはよう。最悪の天気が近づいてるね、参ったよ」と溜息をついた。
既に天気の情報を掴んでいた伯母と妹は
「海外って知らない人にも挨拶するんだねー。ほっこりー」
などと呑気なことを言っていたが、僕としてはただでさえ寒冷なトロントの地元民が言う「最悪の天気」なるものがどれほどのものなのか、実は気が気でなかった。
ただ、僕はもちろんスマートに「うん、そうだね。特に夕方なんてもう散々じゃないですか?」なんて返していたのだ。

 外はまだ暗かった。
僕たちは今日、ホテルの北の方にあるトロント大学の方に足を伸ばしてみる計画を立てていた。
水がもう尽きていたため、ホテルの近くで水を1本と、日が昇ったら大学近くのクイーンズパークで腰を降ろして食べるための果物を買い込んだ。

僕らが歩き始めると、突如雪が降りだした。
伯母と妹によると、雪の予報はもっと後だったらしいのだが。とにかく僕らは進んでみることにした。
20分ほどすると、なにやら街中のビルとは一線を画する雰囲気の建物が現れた。(後にこれは「オンタリオ州議会議事堂」という建物だと判明した)

 僕は先にも述べた通り、由緒ある場所だろうが高名な場所だろうが、うまく価値を見いだせないことが多い人種なのだが(人種ではなく、やはり僕個人が抱える問題なのだろう)、暗闇の中降りしきる雪に反射するシャッター光と議事堂の組み合わせは、なかなかに幻想的なものだった。裏手に回ると、思ったより規模の小さなクイーンズパークが現れた。この頃には雪は一層強く降りしきり、太陽も日の出時刻にしっかり遅刻していたために、僕はなにか暖かいものでも飲みたい気分だった。でも、なんというか僕らはこの時、いろいろなものごとがよくわからなくなっていた。

 そこで、3人は唐突にナポレオン像の前で銘々に果物を持って記念撮影を始めた。補足しておくと、伯母がバナナ、妹が洋ナシ、僕がりんごだった。
僕らはそれぞれによく冷えた果物を口にし、さらに凍える羽目になった。

「これがほんとうの意味での『禁断の果実』だね」
などとつまらないジョークを思いついたが、なんとなく不謹慎な気がしたのでやめておいた。さらに歩を進め、身も心も凍りつきそうになった頃、僕らはカフェを1軒見つけた。

 辿り着いたそこは日本ではお目にかからない『SECOND CUP』という名のカフェで、ここでは大手チェーンのカフェのようだった。
「僕にとってはここに来てからのFIRST CUPなんだけどな、ちなみに」などと口にするはおろか、頭によぎる余裕すらもないほど僕らは凍えていた。
雪を払い、暖かい店内に入った瞬間、僕は注文することも忘れてその場で眠り込んでしまいそうな感じだった。
気のいい店員がひとしきりお勧めのラテを説明し終えるのを待ち、妹はキャラメル・ラテのミディアムサイズ、僕と伯母はカフェラテをそれぞれミディアムサイズとスモールサイズで注文した。
ついでに3人で1つのメープルスコーンも追加した。カナダといえばそう、メープルだ。

 そのカフェラテは、予想通りとでも言うべきか、僕の国のミディアムサイズの倍くらいはあったのだが、一口目を飲んだ瞬間、もうそんなことはどうだって良くなって、一気にゴクゴクと半分くらい飲み干した。
賭けてもいい。この瞬間は、僕の人生の中でも6番目くらいに幸せな瞬間だったね。そりゃ、こんな僕にも片手で数えられるくらいの幸せな思い出は持ち合わせている。

 とにかく僕らはそこで、これから行く(と妹が決めた)目当ての場所がオープンするまでの2時間を過ごすことに決めた。
随分人気のカフェのようで、常連がひっきりなしに入ってきては顔見知りの店員と話を交わす。
これには正直、びっくりするような寂しいような気持ちになったね。だって僕の国では、大手チェーンカフェの店員がお客さんをファーストネームで呼ぶなんてちょっと考えられない。
それに、店員自らがお客さんと一緒にコーヒーをちょっと一杯、なんて光景もまずお目にかかれない。だってそんなことをしたら、お客さんも、お店のオーナーもしかめっ面だろ?ヘタすると店員は職を失うことにもなりかねない。

でも僕がちょっと寂しい気分になったっていうのは、そこにいた常連も、店員も、心底その空間を楽しんで愛しているように見えたんだよ。それぞれの一日を始める前に居間に揃って朝食を摂っている大家族みたいな感じがしたんだね。そういうのって、僕にはなんだか悪くないように思えた。いや、すごく感じがよかった。僕らはその間何をしてたかって言うと、僕は日本にある自分の銀行から現金を引き出す方法を調べていたし(結局うまく行かなかった)、伯母と妹は旅行ガイドと地図を片手に今日の予定を立てていた(こっちの方はかなり建設的な会議だったようだ)。いつの時代も、ビジターにできることなんて、すでにあることを「調べる」ってことくらいなんだよ。

 すっかり体が温まり、すっかり長居した僕らは、いよいよ店を出た。長い長い朝は、まだ2時間と30分も残っている。この頃には、外は猛吹雪になっていた。ふと、朝に挨拶を交わしたビジネスマンの
”Baaaaaaaaaaaaad weather is coming”という言葉が蘇った。まったく。おじさんの言うとおりでしたよ。
僕は傘を差すことを諦め、体に雪を積もらせながらただただ歩いた。最初に目指したエリアは、思ったような品物が無かったり、店が閉まっていたりしてあまりいい収穫はなかった。
しかし、きっとそういう問題でもないのだ。店を実際見てみたり、あるいはガイドにある店がなくなっているのを目の当たりにするということにこそ、リアルな旅の醍醐味ってものがあるんだと思う。ここに来て僕はようやく旅が楽しくなってきた。

 雪の話をしよう。僕の育った街には、雪なんてものはほとんど降らなかったし、そもそも気温が氷点下になることはまずなかった。
たまに雪が降ると、小さい僕らは大はしゃぎし、上を向いて雪を口で受け止めようとした。だって、下を向いても雪は積もっていなかったから。
そんな僕が、こんなにもあっさりと猛吹雪の中を歩いている。少しは分別のある大人になった僕でも、最初はかなり興奮した。
しかし、1時間も2時間も歩き続けていると、さすがにうんざりしてくる。
足の先は随分前から感覚がないし、コートのフードにはわざとそうしたかのように雪がてんこ盛りになっていた。僕らにとっての唯一の救いと言えたのが、トロントの雪がさらさらのパウダースノウだったことだ。おかげでびしょ濡れにはならずに済んだし、新雪を踏みしめる快感も味わうことが出来た。
何の店もない、ただの住宅街をひたすら何十分も歩かなくちゃならない羽目になった時はさすがに参ったけれど、それでもガイドに載っている目当てのレストランが見えた時には、僕なりに感動を覚えたものだ。

朝6時半のオンタリオ州議会議事堂

オンタリオ州議会議事堂

息も絶え絶えでたどり着いたカフェ

カナダカフェ

こんな中を何時間も何時間も歩いた
カナダ雪

続きを読む
カナダ旅行記 2日目 ③ 〜ベジタリアン〜

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。