カナダ旅行記 2日目 ③ 〜ベジタリアン〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜
カナダ旅行記 2日目 ① 〜真夜中の覚醒〜
カナダ旅行記 2日目 ② 〜凍った街と僕ら〜

ほとんど命からがらで駆け込んだその店は、なかなかに洒落た内装だった。
”Herbivoi”とかなんとかいうその店は、ビーガン向けの料理を扱うところで、動物性の材料を一切使っていない。
実を言うと、僕は肉や脂っこいものが苦手で、最近は魚もあまり好まなくなっていたため、こういった店はかなりありがたかった。アレルギーだとか、動物がかわいそうだとか、そんな客観的にはっきりとした理由はないのだけれど、なんというか「好きではない、それもかなり」という感じだった。もっとも、大豆ミートだとかそんな偽物っぽいモノを食べるくらいなら、喜んで白身魚をいただく。だからあくまでもそれぞれの素材に対する好みの問題なのだ。
ただ、こういうのってなんだか不便なことも多い。誰かと食事に行くときや、何かをもらった時に嘘の自分を演じなければならない場面が出てくる。まぁ、それは今回の旅行ではそんなに気にしなくていい面子だったんだけど。

 お昼には少し早い時間だったけれど、僕らはそこで昼食を摂ることに決めた。
“Wednesday Combo”という、なんだかお得な響きを持ったセットを人数分注文する。これにはサラダと、サンドイッチかスープを付けられる。
とにかく温まりたかったので、スープを2セットとサンドイッチを1セットにし、シェアすることに決めた。
「なんだかずっと食べてる気がする」
と妹が笑った。
「僕もそう思っていたよ」
と頷く。
僕は普段あまり一度にたくさんの食事を摂らないのだけれど(ただし甘いものは人の3倍食べる)、寒さを感じると一層食欲がなくなる。だから少し心配していたのだが、ここの食事は素晴らしく美味しかった。
薄めのドレッシングで和えたサラダは、豆やら紫の変わった野菜やらかぼちゃの種やらが入っていて栄養満点だったし、サンドイッチのパンも実に美味かった。僕は10年ぶり以上にアルファルファという野菜を食べ、突如懐かしい気持ちになった。子供向けの栽培キットで僕が初めて収穫に成功した野菜だ。

 「本日のスープ」と名付けられた日替わりのスープは、カレーの風味がついた少し酸味のあるじゃがいものスープだった。僕には少しばかり味が濃かったけれど、あとの2人は絶賛していた。大体、僕はほとんど病的に薄味なのだから、世界が僕の味付けに合わせる必要は全くないのだ。それはこのスープも然り。サワークリームのような絶妙な酸味は植物性のなにかしらで代用されているのだろう。他人に迷惑をかけない限り、僕はこういった徹底された態度が比較的好きだ。

 僕がそこを気に入った理由のもうひとつに、注文を取ってくれた女の子が好みだったこともある。
アメリカの青春ドラマに出てきそうな、そんでもって主人公の男の子の妹役をやっていそうな、そんな感じのタイプの子だ。残念ながら僕らの席からはその子は見えなかったけれど(テーブル席は5段ほど階段を登ったエリアにあった)、下から手だけを出して料理をサーブしてくれるのも、けっこう悪くなかった。
僕たちはできるだけ時間をかけて料理を食べ、そのレストランで今日になって二度目の暖を取った。

そうそう、僕がさらにその店を気に入った出来事があった。食後の一服を取っている時、店のBGMがなんだか二重に聞こえたのだ。振り返ってみると、なんと店員の一人(かなりカッコイイ感じの店員と、そこそこのがいたが、それはそこそこの方だった)がBGMに合わせて歌を歌いながら、いかにも楽しそうにパンを切り分けていた。まるでデートの前に髭でも剃っているかのような、そんな陽気な感じだった。こんなに楽しそうに仕事をしている人って、僕の国じゃなかなかお目にかかれない。
 そこで初めて気付いたんだけど、僕らの机に背を向ける形で、なんと例の店員の女の子がまかないを食べていたんだ。「まかない」なんて言うとなんだかイメージが違うけれど、彼女はその時、間違いなく彼女の日常としてのランチタイムを楽しんでいた。
朝のカフェといい、ここの店といい、僕はトロントのこういう感じがかなり気に入り始めていた。こういうのって、ほんとに全然悪くないよね。

 僕らが重い腰を上げる頃、いったい時計の針が何時を指していたのかはよく覚えていない。
僕はここで時計のない生活を送るっていうことを、そろそろ決め始めていた。何事も最初は意識しなくっちゃ習慣ってやつは変えられない。僕はあえてこの国に時計を持ってこなかった。
 外に出ると、嫌でも現実に引き戻された。せっかく暖まった体は一瞬にして暖を奪われ、また猛吹雪に立ち向かう事を強いられた。
いや、きっと僕が立ち向かおうとなんかしなくても、この天気は容赦なく僕たちに洗礼を浴びせるだろう。前を歩く妹の体にも、やはり雪が随分積もっていた。すれ違うカナダ人は(カナダには実に様々な人種がいて、どれが地元の人でどれが観光客かを見極めるのは多少難しいのだが)、みんな雪でも傘なんてものは使わない。にも関わらず、驚くべきことにみんなの体にはほとんど積雪していないのだ。きっと何年も住んでこそ身につけられる「コツ」みたいなものがあるに違いない。

 途中、韓国人街や中国人街を通り過ぎた。なるほど確かに、中心街よりは比較的アジア人が多く、店もアジア系の店が多かった。
しかし、それぞれの地区がさほど明確に区切られているようには感じなかった。どんな人種も実にうまくこの社会に溶け込んでいるように思えた。むしろ様々な人種が折り重なってこの社会を形成しているとさえ思えた。
それはひょっとしたら僕の希望的観測の賜物かもしれないし、表面には見えない確執が存在しているのかもしれない。それとも僕は公平に物事を判断するにはあまりにも疲れていたのかもしれない。

 僕らがホテルを出発してからおおよそ7時間ほどが経っていた。正直言ってかなりクタクタだったし、体も冷えきっていた。そこで僕らが「入り口」を見つけたのは幸運だった。

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カナダ旅行記 2日目 ④ 〜地下の巨大都市〜

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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