中山寺〜中山最高峰ハイキング 【やっぱり迷子編】

 前回のハイキングから優にひと月が流れ去り、体を絞るどころか丸くなる一方で。もう五キロなんてレベルじゃないくらいである。

 昨年秋ごろから、ストレスがかかるとやけ食いに走るようになり(どうしようもない)、そのまま今に至るまで、心がざわざわすると、何かにつけて食べてしまう。ある者曰く、防衛本能。頭がクリアになりすぎると頭が休まらないからだとか。ふむふむ。いい言い訳である、採用。

 それですっきりしてまたパソコンに向かう日もあれば、腹回りの肉と虚しさだけが残る日もある。そして、もうひと月以上体重計になんて乗っていないけれど、そういうのが感覚でわかるようになってくる。服もなんだか締め付けが強いように思うし、それに私の場合、贅肉が付くと集中力が落ちる(気がする)。自分の中の「芯」みたいなものを見つめようとしても、なんだか靄(もや)がかかってしまったようになり、うまく頭のなかが組み立てられなくなってくる。この半年で食べものの好き嫌いは減ったように思うから、それはそれでよかったのだけれど。まあでも、一念発起して再びハイキングに挑戦することにする。

 電車を乗り継いで阪急宝塚線の中山観音駅で降車する。時刻は11:30。やや遅い出発かもしれない。雨模様が続いた後の、久しぶりの晴天である。肌をきりきりと突き刺す陽光が痛いくらいに降り注ぐ。ちょうどひと月ほど前に、母と訪れた駅だ。今日はお参りではなく、参道を左の方に逸れたところにあるハイキングコースの入り口が目当てだった。

 墓地を左手に、緑のカーテンへと足を踏み入れる。暑すぎることもなく、爽やかな緑の葉がハイキング日和を知らせる。

ハイキング1

 行き違う人たちと挨拶を交わしながら、平日の昼間に中山を登る人々の年齢層の高さに、驚きと、そりゃそうだよな、という気持ちが混ざる。登り始めて十五分もすると、額に汗がつたい始めた。こんなふうに汗をかくことはめっきりなくなってしまった。つうっと頬を水滴がつたうと、大げさだけれど、ああ自分はちゃんと肉体を持って生きているのだなあ、というような気分になってくる。

 どうにもならないことに悩み、時には人類とは、みたいなことを考えていると、自分というものがどういう存在で、何の意味があって、それは果たして実体を持つものなのか、よくわからなくなってくる。汗がでたり、足が痛んだりすると、物理的な意味で自分の存在をありありと感じることができるような気になるものだ。

 さしてきつくもないコースを登りながら、山頂めがけて足を黙々と上に運んでゆく。昨日まで降り続いた雨の関係でぬかるんでいるところもあったけれど、地面の状態はおおむね良好だった。安物の白いスニーカーにどんどん泥がはねていくのを横目に、かまうもんかとずんずん行く。

 ところどころにできたての蜘蛛の巣があり、しゃっと顔に張り付くので、左手の親指と人差指を使ってぺりぺりと剥がしてゆく。ここに巣を作ろうとしたのが蜘蛛の運の尽きだったのだろう。申し訳ないけれど、こちらとしても蜘蛛の巣ひとつで引き返すわけにはいかない。家で申し訳程度に塗りこんできた日焼け止めが、ぼたぼたと気持ちよく音を立てて落ちていくみたいだった。

ハイキング2

 登り始めて三十分も経っただろうか。最初に目指していたところである「夫婦岩」が現れた。こんなふうに、ところどころにちゃんと目印があるというのはいい。自分が今どの辺にいるのか、向かっている方向は正しいのか、随所で確認することができる。親切なことに、中山には標識もたくさん立てられていた。

ハイキング3

 あたりは一面、若い緑に満ちていた。五月というのは、自然ということに限って言えば一年で一番いい月ではないだろうか。四月に花を散らせた樹々から芽を出した若葉の首がすわり、まるで栄養の行き届いた十八歳の青年を思わせる。今にも彼らの爽やかな汗が、朝露となってこぼれ落ちてきそうである。実際にはすでに正午を回っていたのだけれど。

 そして、文字通り久々に「日の目を見た」太陽が、惜しげもなく樹々に、山に光を注いでいる。遮るものは何もない、ただ山が手放しでまるごと陽を受け入れていた。湿った地面は光を受けてきらきらと輝き、若葉は光の受け方で幾通りもの色合いを見せた。人間たちがどんなに研究しようとも、せっせと働こうとも、決して作りだすことのできない何億通りもの境界線のない無限の緑が、一目見渡しただけでそこにあった。そういう事実は、私をいくぶん奇妙な気持ちにさせた。何を焦っていたんだろう。何を必死になっていたんだろう、と。

 このところ、あまり良く眠れていなかった。今朝も、自分だけが船に忘れ物をして取りに帰ったら、間の悪いことに怪獣が船底を執拗に跳ね上げ、あわや転覆するところだったという悪夢にうなされた。そして、複数の人間が集まって話をすることや、ごみごみとした駅の中を通り過ぎること、耳をふさいでも入ってくる悲しい、あるいはくだらないニュースにとことん疲れていた。何かをしなければならない、という焦燥感に駆られ、混乱し、何をしていても落ち着かなかった。
 そして、そういうものをぜんぶ拒絶して、一人の世界に閉じこもると、とたんに得も言われぬ孤独感に襲われた。まるで、世界の針が私の針よりも進む速度を速めたような。あるいは、世界のベクトルが私のベクトルと違う方向に進み始めたような。その時の「世界」とは、「私以外のすべて」だった。こうして山を登っていると、次の一歩のことだけを考えて土を踏みしめていると、息があがっているのに深いところで呼吸ができる気がした。耳元でぶんぶんとうるさい虫を追い払いながら、出し抜けに奥の院が目の前に現れた。

奥の院

 奥の院では、昼食を摂る人、お参りをする人、参拝印を求める人で小さく混雑していた。さっきまでの山道は一体何だったのだろう、というほど、そこは綺麗に整備された正式な「寺社」だった。一体誰が、どのような意図で、どうやってここにこんな建物を建てたのか、考えを巡らせないわけにはいかなかった。曲がりなりにも、ここまで一時間ほどかけて山道を来たのだ。目の前の赤い建物を建てるのに、そこを切り拓くことに始まり材料を運ぶに至るまで、どれほどの労力が必要かはある程度想像できた。財布から小銭を取り出して手を合わせる。

 ひとまずの目標は山頂だったので、休憩もそこそこに奥の院を出発した。先ほどまでよりもやや傾斜の険しい道を行きながら、山頂での弁当のことを考える。

ハイキング5

 がさり、と近くで大きな音がする。びくりと身を固めて見ると、ヘビがいた。ヘビを見たのなんて、いつぶりだろう。驚きと安堵と、喉の奥がえづくような気味の悪さと好奇心が私を満たし、しばしそこに突っ立ってヘビを見つめていた。

 人は、事前に言われて一時間待つよりも、いつまで待たされるかわからない中で三十分待つほうが長く感じるものである。そういう意味においては、山頂までの道のりは長かった。新旧の親切な標識があちらこちらに乱立し、「山頂まで1.2km」、「最高峰まで1.2km」(最初の標識からかなり行ったところにこの標識を見つけた時には滅入った)、「山頂展望所まで1.0km」、「山頂まで0.5km」、「最高峰まで1.0km」といった具合に私をひどく苛立たせた。まるで、誰かが登山者を意図的に混乱させ、山頂へ辿りつけないようにしているみたいだった。

 息も絶え絶えに、やっとのことで山頂に到着する。いかにもわかりにくく作られており、すんでのところで通りすぎてしまうところだった。山頂は、「中山最高峰」と看板があるわけでもなく、ひどくささやかなスペースがぽつんとあるだけだった。先日登った阪急今津線の仁川駅にある甲山の山頂とは比べものにならないくらいの控えめさである。団体客がここで昼食を食べることはできないだろう、と思った。けれど私は優雅なおひとり様なので、適当な樹の根が突き出したところに腰を落ち着ける。

 朝は慌てて出てしまったので、今日の弁当は完熟トマトと白飯の塊。トマトはおかずにはならなかったが、火照った体をうまい具合に冷やしてくれる。そして、冷凍庫から取り出してそのまま電子レンジに入れられ、過度に加熱された白飯の大きな塊は、固くなり、そして再び冷えていた。それでも、この白飯は格別の味がした。噛みしめるごとに甘みが染み出て、これから待ち構える下山への体力を回復させてくれるような気がした。何より、頂上からのパノラマを眺めながら弁当を食べるというのは、一億円の絵を眺めながら高級フレンチ料理を食べるよりもずっと贅沢な気がした。経験がないのでわからないのだけれど。

ハイキング6

ハイキング7

 どちらに降りていけばよいのかわかりかねたので、スマホを取り出しておおむねの方角を確認する。現在地、中山最高峰。ここで、科学技術的観点からも私がこの山のてっぺんにいることが証明された。ばちん、と手に何か大きなものが当たる。再び私はびくりと身を固めた。見ると、松ぼっくりのような実が落ちてきたのだった。のどかで静かそうに見える山には、実は驚きと音が溢れている。「山ではスマホ禁止」と木に言われたような気がして、私は首をすくめてスマホをポケットにしまい、歩き出す。

 ひとまず登ってきたほうと反対方向に向かって下り始める。時刻は13:17。まずまずである。山頂付近で登ったり下ったりしたのと同様に、しばらく下ったと思ったらまた登ったり、ということを繰り返す。道は相変わらず険しくもなく、どこまでも初心者に優しい山だなあと改めて思う。

ハイキング8

 かなり疲れていたこともあって、下りはほとんど何も考えずに機械的に足を動かしていた。それでも時おり思い出したように足を滑らせそうになって、はっとする。雨の次の日の登山は、本当に注意してもしてもしすぎるということがない。きれいに整備された道が続く。

 しばらく行くと、だんだんと道が険しくなってきた。そろりそろりと足を踏み出さないと、足を滑らせそうになる。おおよそ道とは呼べないような道が続き、こういう道が登りでなかったことを喜ぶべきなのか、体力の尽きてくる下りでこういう道になってしまったのを悲しむべきなのかがわからなくなってきた。いったいぜんたい、私は今どのあたりにいるのだろう。誘惑に負けてスマホを取り出して地図アプリを呼び出す。

 画面を見て、開いた口が塞がらなくなった。この三番目のサプライズこそが、今日一番のサプライズだった。道なき道を来たと思ったのは、本当に道なき道だったのだ。いつの間にか私は、行きたかった方向とはちょうど真反対の方向へ歩いており、目指す阪急清荒神駅は遥か遠く右斜め後ろにあった。そう言えば、もう何十分も人とすれ違っていない。顔にかかる蜘蛛の巣の数もぐんと増えた。それに、この踏みならされていない道が全てを物語っている。体から出る汗が冷や汗に変わった。どこで間違ったのだろう。

 道に迷ったのだ。その事実を受け入れざるを得なくなった時、冗談抜きで私は恐ろしくなった。あたりの景色が一段階暗くなり、虫たちの馬鹿にしたような羽音が追い打ちをかける。飛び越えないと向こうに行けないような木をまたぎ、どうにか道らしきところを辿ってゆく。
 引き返そうにも、もう来た道もわからない。なんだっていつもこんなふうになってしまうのだろう。私はこれまで山に一人で登って、迷わなかったという経験がない。運転だって下手くそだし、家族と喋りながら夕飯を食べることも、後ろで誰かと誰かが話している時にテレビを見ることもできない。こんなにもできないことだらけなのは、私という個体に欠陥があるからなのだろうか?

 大げさではなく、私は自分がここで死ぬことを想像してみる。このまま夜になって朝が来て、また夜になって朝が来て、だんだんと朽ちていく自分のからだ。それでも変わらず回転を続ける地球という惑星。腹を空かせた熊に襲われて、身を裂かれるすがた。いやだいやだいやだ。私はほとんど泣きそうだった。まだ死にたくない。死にたくない。生きて帰りたい。いつ死んだっていいや、と思っていたにもかかわらず、今だけは死にたくない、と思った。自分がこれほどまでに恐怖し、また生きたいと強く願ったのはほんとうに久しぶりのことだった。世界への嫌悪、混乱、理解してもらえないという孤独感は消え去っていた。いや、ここに誰かいてくれたら。そう思ったのは確かだ。けれど、それはまたいつもとは違った孤独だった。

 手元のマップ上にいる私は、嫌がらせのようにどんどん行きたい方向とは逆の方向を進む。行きたい方向はわかっているのに、そこへ向かう道がないという恐怖を、私は味わった。混乱し、焦りばかりが募り、無我夢中でとにかく進む。つるつると滑る苔むした岩が恨めしかった。

 近くから川の音が聞こえる。私はほんの少し、胸をなでおろした。本の世界では、遭難した主人公が川を見つけると、事態はほんの少しだけ良い方向に進む。そのまま川に沿って下る道が存在したのは、私にとって大きな救いだった。おねがいおねがいおねがい。そう祈りながら、誰もいない道をゆく。誰もいないのに、そこには何かがいるようだった。樹々や虫、風や植物たちが、しんとしたふうを装いながら、じっと息を潜めて私の喉仏を狙っているように思えた。もう緑は美しくなんかなかった。ごうごうと音を立てる川の流れだけが、唯一の道しるべだった。

ハイキング9

ハイキング10

 目の前に、とてもじゃないけれど進めない、という下り斜面があった。万事休す。というわけでもなかった。そこには、しっかりと、しっかりと、ロープが張ってあった。黄色と黒の、よく目立つ色で。ああ、ここはちゃんと人の通るところなんだと思った。何時間かぶりに見る人工的な色が、ひどく私を安心させた。試しにマップを開いてみる。相変わらずよくわからないところにいて、五キロほど先の名前も知らない駅までのルートを検索してみたら、現在位置が把握できなかったのだろう、スマホがブーブーと激しく振動し始めた。機会があったら、地図に載っていないところでルート検索をしてみてください。とても怖くなります。

 そういうわけでアプリを閉じ、まだまだ強張った心で山を降りてゆく。大丈夫、ここには川があるんだから。大丈夫、ロープがあったんだから。だいじょうぶ、ここは日本で、阪急の駅から歩いて行けるところで、電波だって通じるもの。そんな具合に、一歩一歩を勇気を出して進めていった。

 木の種類が変わった、と思った。頭の上から私の存在ごと覆い隠してしまうような鬱蒼と茂った森は晴れ渡り、季節外れのクリスマスツリーのような陽気な木が現れ始めた。そして、その向こうには民家も。私はやっとまともに景色を眺めることができた。

ロープ

ハイキング11

 そこはどういうわけか、誰かの畑の裏手みたいだった。地図アプリはしっかりと私の現在地を把握し、駅への一時間強の道のりを示していた。一時間? いいじゃない、歩いてやろうじゃないの。目の前に広がる人工的なアスファルト道路は、私を再び元気づけた。

ハイキング12

 通り過ぎる自動車、選挙のポスター、電信柱。目に映るありとあらゆる人工的なものが私をなぐさめた。不満を言ったり、不安になったり、何かに怒ったり、楽しんだり、寂しがったり。そんな私の毎日が、いかに守られているかを知った。人間社会というものの素晴らしさを知った。そりゃ、奴隷みたく働けと言われても文句は言えないのかもしれない、とすら思ってしまうほどだった(無事帰り着いた今となっては、奴隷のように働く気は再び失せてしまった)。人間社会というものがなければ、一人の人間なんていとも簡単に自然の大きさに呑み込まれてしまう。自然を支配しようともせず、遠ざけすぎることもなく、ちゃんと向き合って付き合う場合に限り、自然はその美しい側面や、ちょっぴり怖い側面を少しずつ私たちに見せてくれるのかもしれない、と思った。そうでなければ、きっと自然は心を閉ざしてしまう。足の裏に固いコンクリートの感触を味わいながら、私はそんなことを考えていた。草の緑とコンクリートの灰色の間に、ナナホシテントウを見つける。

ハイキング13

 足が痛い。やっぱり安物のスニーカーなんかじゃなく、ちゃんとした登山靴がほしい。人間社会に戻って二十分ほど歩いた頃、足が本格的に痛みだした。そこからさらに十分歩くと、バス停があった。そこは、これまでみたいな山の中に間借りした形の道路ではなく、人々が生活に使う「まっとうな道路」だった。乗用車が絶えず往来し、幼稚園のバスが行き交っていた。そこからのルートをまたもスマホで検索し、家に通じる電車駅までバスが行ってくれることを確認する。スマホがなかったら、あるいは私はまだ山の中で延々と彷徨っていたかもしれない。そう思うと身震いする。時刻は15:15。山頂を出発してからちょうど二時間が経過していた。

 やって来たバスに乗り込み、ぼうっと外を眺める。バスのゆく道は、私がいかに誤ったかについて、なにも教えてはくれなかった。そしてバスは、予定の3分の1の時間で終点にたどり着くことになる。

 いったい私の予定は何度狂わされるのだろう。終点「平野」駅にたどり着きつつあるバスに揺られながら、私はまたもや途方に暮れる。やれやれ。やっと家へ帰れる方法を見つけたと思ったらこれである。気が抜けない。どうやら私は、乗るバスを間違えたようだった。自分以外の全ての乗客が降りたのを確認し、おもむろに運転手に近づく。バックミラーに映る彼は、色の入ったメガネをかけた少し怖いふうな人だった。

 「あの、こっちの駅に行くと思って乗ったのですが、違うバスに乗ってしまったようで。この駅からこっちの駅にバスはありますか」スマホの乗換案内アプリを見せながら彼に告げる。すると、彼はこの駅からは私の目指す方向にバスは出ていないこと、この駅の近くにある電車駅からなら行けることなどを大変親切に教えてくれた。そして最後、私が礼を言ってICカードを通そうとすると、彼がばっと読み取り機を手で覆った。

 「いいですよ、間違えて乗られたのなら。ここから電車で行くとなると、またお金もかかりますし」親切な人もいたものである。

 彼に何度も礼を言い、バスを降りる。これまでの恐怖も疲労も足の痛みもひっくるめて、どこかへ吹き飛んでしまった。るんるんと軽い足取りで能勢電鉄「平野」から乗車し、帰路に着く。

 今日は、本当に怖い体験をした。「寺と神社をつなぐ山登り」というのどかな響きに誘われ、軽い気持ちで足を踏み入れたのだ。ネットで見る限り、道もなだらかで、標識もたくさんあるとのことだった。それでも、例え気をつけていたとしても、山には思わぬ危険が待っている。特に私が迷いやすいたちなのかもしれないけれど。そういうことを、思い知らせてくれた。次回の山登りは、できることなら誰かと一緒に行こう。迷うまでは間違いなく最高の気分だったのだ。登っている最中に話さなくてもいいような誰かと。しばらく山はごめんだ、というくらい怖かったことはさておき。

 それでも、最後の運転手さんとのようなやり取りがあると、「次はどこへ登ろうかな」という気持ちになってくるのだから、山の魅力は不思議なものである。

2016年5月12日(木)

あとがき

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ちひろ
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