カナダ旅行記 3日目 ③ 〜野菜のパスタ〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜
カナダ旅行記 2日目 ① 〜真夜中の覚醒〜
カナダ旅行記 2日目 ② 〜凍った街と僕ら〜
カナダ旅行記 2日目 ③ 〜ベジタリアン〜
カナダ旅行記 2日目 ④ 〜地下の巨大都市〜
カナダ旅行記 2日目 ⑤ 〜訓練前の本番〜
カナダ旅行記 3日目 ① 〜洗濯と郷愁〜
カナダ旅行記 3日目 ② 〜会話の動機〜

さてと。僕は僕の目的地に到着しなければ。
旅行ガイドで見た、セント・ローレンス・マーケットという大きな市場を目指していた。そこでお土産が買えれば、と思っていたのだ。

僕は旅の中でこの「お土産を選ぶ」という瞬間が一番、一番大好きだ。
ウケを狙うのか、誰がどんなものを喜ぶか、想像するとまた時間を忘れてしまう。

マーケットは大きな建物の中にあった。
野菜や果物、魚や肉(ややグロテスクで軽い吐き気がした)などの生鮮食品、大きなチーズやワイン、ジャムやメープルシロップの類、それにパン屋さんやお菓子屋さん、イートインスペースや土産店などが所狭しと並んでいた。

僕はひとまず全ての店を把握するところから始めた。
値段、品揃え、雰囲気……全てのパターンの中から、最良の選択をするのだ。同じ傾向をお持ちの方はわかると思うが、こういう性格が時折僕をかなり追い詰める。
せめてプライベートな時間は完璧主義を放棄したいと常々思っているのだが、「ねばならない」症候群が抜けないといつも妹に指摘される。これでも最近はマシになったほうだと思うのだが。

色々と物色するうちに、これは日を改めてじっくり来る必要がありそうだと思った。家族や親戚へのお土産は、ぜひ妹の意見も伺いたいところだ。
父に是非とも買って帰りたい、ロボット型の洒落たワイン立てのようなものも見つけたが、今日のところは夕飯のパンだけを買うことにした。
今日ここで全てを揃えないなら、今日は買わない。ゼロか100かの人間なのだ。どのみちトロントを出るまでにもう一度訪れることを決める。

帰りは例の地下街を使用したため、北極探検隊装備はむしろ暑いくらいだった。こちらに来て初めて、というか日本にいた時を含めてもかなり久々に汗をかいた。
ひどい冷え性なのだ。
途中のマルシェで「野菜のパスタ」が安くなっていたので、購入した。それから後は、このパスタを冷ましてしまわないようにということだけに神経を集中して家路、いや宿路に着いた。

僕の滞在しているホテルには、結構エンターテイメントが豊富だ。プールやジムをはじめ、ショートムービーや卓球、カラオケなんかが楽しめる。
きっと昨日みたいな天気の日には、普通はホテルでこういった遊びに興じるのだろう。
今日はフェイスペイント体験と、フリーのポップコーンとレモネードがあった。僕は一刻も早くパスタを持ち帰りたかったのでスルーしたのだが、サービスでこういうのがあるってなかなかいいと思う。

部屋に戻ると、ポップコーンとレモネードが案の定2セットあった。2人共昼食の後あまり動いていないらしく、パスタはしばらく放置される運命に相成った。僕はポップコーンに手を伸ばしたり、パンを切り分けたりしていたが、目の前で冷めてゆくパスタからどうしても気を紛らわすことが出来なかった。

僕にしても、昼食を遅い時間にたっぷり摂ったものだから腹は空いていなかったのだが、目の前で料理が冷めていくのを見るのは結構悲しくなってしまうタイプなのだ。料理に対しても作ってくれた人に対してもひたすらに申し訳ない気分になる。
結局、伯母がシャワーを浴びている間に僕は一人でも食事を開始する事を決めた。パスタはまだ少しだけ生温かく、それが僕をさらに複雑な気持ちにさせた。

実を言うと、僕はそれどころではなかった。蓋を開けると、その野菜パスタの上には大きな鶏肉がそびえ立っていて、僕は言葉を失った。補足しておくと、野菜らしい野菜はブロッコリーの欠片が2つだけだった。隣で横になっていた妹がそれを見て笑い、フォークでパスタをつつき始めた。

「これ、トマトソースだから野菜って書いてたんじゃない?トマトって確かに野菜だし」などと面白くもない冗談をかますものだから、僕は無言でパスタの部分だけを食べた。
「あ、この鶏肉、胸肉だ。私モモ肉が好きなのに」と、パスタ(の上に鎮座する鶏)を突付きながら妹が呟く横で、僕はパンをかじっていた。
炭水化物アンド炭水化物。日本なら豆腐やらおからやら納豆があるが、ここにいると僕は深刻なタンパク質不足に陥る。
まぁ、10日間くらいはどうってことない。ベーグルが、うまい。もちろん言うまでもないことだが、宝塚の『パンネル』のパンのほうが100倍うまい。

デザートにみかんを食べ、”The Catcher in the Rye”の続きを読み終えてしまうと、急激な眠気が襲ってきた。
時計はトロント時間の午後7時を指している。ここで寝てしまえばまた昨夜の二の舞いになることは目に見えているのだが、そんなことを考える余裕もなく深い闇に吸い込まれていった。

またもやぐっすりと眠り込んでしまった。時計を見ると23:00を少し回ったところだ。やってしまった。今僕の体内時計は、一体どこの国に合っているのだろうか。むしろこのまま時差ボケを直さないほうが帰る時楽なのではないか。もちろん、そういうことは僕のコントロール領域外にあるのだけれど。

妹と伯母がいない。そういえば、寝る前に「今日の晩はバーで音楽の演奏があるらしい」というようなことを言っていた。2人はうまい具合に起きだし、バーに繰り出したのだろう。つくづく僕はマイペースな人間なのだ。幸い、僕は音楽にもビールにも興味を持たないため、熱いシャワーを浴びて2人の帰りを待ったそうして、2人が寝静まった後も2:30だか3:00だかまで一人覚醒する羽目になるのだ。

《セントローレンスマーケット》

セントローレンスマーケット1

セントローレンスマーケット2

セントローレンスマーケット3

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投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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