カナダ旅行記 4日目 ① 〜朝の思考〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜
カナダ旅行記 2日目 ① 〜真夜中の覚醒〜
カナダ旅行記 2日目 ② 〜凍った街と僕ら〜
カナダ旅行記 2日目 ③ 〜ベジタリアン〜
カナダ旅行記 2日目 ④ 〜地下の巨大都市〜
カナダ旅行記 2日目 ⑤ 〜訓練前の本番〜
カナダ旅行記 3日目 ① 〜洗濯と郷愁〜
カナダ旅行記 3日目 ② 〜会話の動機〜
カナダ旅行記 3日目 ③ 〜野菜のパスタ〜

さて、どうにかこうにか7:30くらいまでは眠ることに成功する。
いつのまにかまたも時計に支配されつつある自分に苦笑してしまう他ないが、生活リズムというのは、日々を過ごす上で極めて重要な要素であることをやはり認めざるをえない。
布団の中で伸びをし、運動不足の上半身を目覚めさせる。
家では上半身も下半身もまんべんなく運動不足なのだが(特に冬場は、ほとんど全然まったく外出をしない)、ここに来てからは下半身だけを随分酷使しているため、なんだかバランスがおかしくなっている。
あまり歩き慣れていない人間が一日に2時間も3時間も、時に4時間も歩き続けていると、脛(すね)あたりの筋肉が痛む。そのくせ、ほとんど動かさない肩には重いリュックがのしかかっているのだ。伸びをすると全身をドクドクと血がめぐるのを感じる。

朝起きてすぐに仕事のことを考えなくてもよいというのは、なんともお気楽で『自由』なことだ。
ただし、この『自由』は長く続けるともはや自由ではなくなってくるということは経験から知っている。
いつ何をしても良いという状態は、だんだんと僕をすり減らす。うまく時間をやり過ごすことができなくなってくる。
いつ何をしても良いという状態は、いつだって何もできないという状態とほとんど同じだということに、自らが縛られて行く感覚をもう味わいたくはないのだ。

毎日たくさんやることがあるという人は、それはそれで結構幸せなことだと思った方がいい。
ただし、望まざることの波に飲まれそうになっている場合は、一度勇気を持って全て捨ててみるといい。
構わないじゃないか、「望まざること」なんだから。そうして暫くの間、沈黙の時を静かに楽しむのだ。
自分と対話する時間というのは、夏の午後に氷のいっぱい入ったレモネードをゴクゴクと飲むような気分になることもあれば、一筋の光も入り込まない森の中でぽつんと独りきりで置いて行かれたような気持ちになることもある。
ひどい二日酔いのあとに財布が空っぽだった時のように、もうどうでも良くなることだってあるかもしれない。そんな色々な感情が自分の中から湧き出る感覚というのは、あまり経験できないことだったりするのだ。

まぁ、もし君が日本という国に住んでいて、比較的大きな会社で活躍しているのであれば、あまりおすすめは出来ない。
なぜなら多くの場合、君はすでに他の一般的な人達よりも高い地位にいるし(もしくはそう確信しているはずだし)、そういうのを一切捨ててしまうというのはなかなか勇気のいることなのだ。
そうして君がやっぱり元の場所に戻りたいと思うことがあったとしても、日本においては特に、それは「覆水盆に返らず」なのだ。人生って、難しいよね。

またいつものように3人揃って朝食を摂る。パンにスープにりんご。結局日本にいる時と殆ど変わらない食生活なのだが、僕は自分の中の決まりというか周期的なルールを守らないと、たちどころに上手くいかなくなってしまうのだ。
りんごを齧りながら何か哲学的思考に到達している、とかそういうのでは全然ないのだけれど。

テレビでは、ニュースキャスターたちがコーヒーを片手に足を組みながら談笑していた。
もちろん、ニュースを読みながら。日本では考えられないことだが、まぁこういうのもありなのかもしれない、とここにいるとそう思えてくる。
日本というのは、消費者や読者や視聴者といった人達が随分たくさんのハードルを提供者側に課してしまっている傾向にあるような気がする。
ここの場合、残業がないからスーパーが早く閉まるというより、スーパーが早く閉まるなら残業はしないほうが賢明だということになる。
日本だとこうはならない。残業をしたり、夜に外出したいという消費者のために、24時間営業のコンビニなんかが出てきてしまう。
ちょっとばかし過保護な消費社会が、自分たちをどんどん追い込んでしまっているシーソーゲームだ。

朝の時間がゆっくり取れるので、母親に電話をかけてみた。
驚く無かれ、地球の反対側にいとも簡単に無料電話ができてしまう時代って、クールでワイルドで、便利でハートフルで、それでもってなんだか寂しいのかもしれない。僕は外国の友達と別れる時、もう「寂しい」だとか”miss you”だとかって上手く思えないのだ。
だってだって、いつだってメッセージを送り合ったり、顔を見て話すことができたり、下手したら大学の同級生よりもフィンランドにいる友達の近況のほうがよく知ってたりしちゃうわけだ。

うん、悪くない。僕はこういう科学の進歩を両手を広げて受け入れたいし、人一倍恩恵も受けている。
ただ、いくつかの核になるポイントは忘れちゃいけないと繰り返し自分に言い含めている。ずっと持ち歩いていた大切な思い出の写真をスキャンしてデータ化して、「これで貴方もスマートにペーパーレス!」なんて訴える広告に大いに共感するような価値観は持ちたくないなって思うだけだ。今のところ。

電話の奥の声は元気そうだった、多分。というのも僕らのホテルでは今、かなり大規模な工事が行われていて、結構深刻に騒音に悩まされる事態になっていた。母に電話をかけた時、その騒音が一層強くなって、ほとんど声が聞き取れなくなってしまった。電波が悪いとかじゃ全然なく。母ってなんというか、そういう星回りの人なのだ。残念ながら。仕事の時は結構パリっとしているんだけれど、そういう「残念な」時の母ってなんだかチャーミングだったりするので、僕たち兄妹はいつも笑いの種にしていた。

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カナダ旅行記 4日目 ② 〜蟻の巣〜

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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