カナダ旅行記 4日目 ② 〜蟻の巣〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜
カナダ旅行記 2日目 ① 〜真夜中の覚醒〜
カナダ旅行記 2日目 ② 〜凍った街と僕ら〜
カナダ旅行記 2日目 ③ 〜ベジタリアン〜
カナダ旅行記 2日目 ④ 〜地下の巨大都市〜
カナダ旅行記 2日目 ⑤ 〜訓練前の本番〜
カナダ旅行記 3日目 ① 〜洗濯と郷愁〜
カナダ旅行記 3日目 ② 〜会話の動機〜
カナダ旅行記 3日目 ③ 〜野菜のパスタ〜
カナダ旅行記 4日目 ① 〜朝の思考〜

そうこうしているうちに、従妹(いとこ)がやってくる時間になった。
そもそも今回の旅の一番の目的は、カナダに留学している彼女に会うためだったのだ。
彼女は今論文の提出で忙しいらしく、1泊しか行動を共にできないのが実に残念ではあったが。

ほとんど1年振りに見る彼女は、なんだか疲れているように見えた。
僕は人のプライバシーを大切にする人間なので、ここでは彼女のことは詳しく書きたくない。
ただ、日本のお気楽な大学生とは段違いの課題や論文、文献の多さに随分参っているようだった。
加えて、彼女の住むロンドン(トロントからバスで2時間ほどにそういう名前の街があるらしい)は、ほとんど周りに何もなく、学校の食堂も実に「最低最悪に激マズ」極まりないらしく、おまけに自分で調理する設備もないというから、僕はかなり同情した。
留学した時に、片っ端から食べ物にあたった経験がある僕としては、海外における食べ物の問題っていうのはかなり精神的にも肉体的にもやられるということを嫌というほど知っていた。
コミュニケーションの問題だとか、よくわからない手続きだとか、外から見るほど海外の生活って華やかじゃなかったりする。

ただし、彼女はこの留学を終えるというただそれだけで、きっとこれからの日本での生活や、この先人生においてかなりかなり幸せな時間を送ることになるんだと僕は推測する。
当たり前が当たり前じゃなくなるし、外の世界を目の当たりにすることで今の生活は自分の選択によって成り立っているとしみじみ感じるようになる。僕はそう信じている。
だから、頑張らなくていいからとにかく過ごして元気で帰ってきてくれ。
この2日間で、できるだけ愚痴を言って帰ればいい。愚痴を言えるというのは、まだ世界に期待しているってことなんだ。ほら、楽しい思い出だってお母さんに話しているじゃないか。

どうやら彼女を母親と2人きりにしてやったほうが良さそうだ、と僕ら兄妹は判断した。
ちょうど、例の地下都市をもう少しばかり開拓したい気持ちもあったし、今日は別行動を取ることに決めた。
最も、僕自身が妹と2人きりの時間も持ちたいと思ったということもあるのだけれど。
僕ら2人はホテルで軽く昼食を摂り(例の炭水化物&炭水化物をようやくフィニッシュした)、意気揚々と部屋を後にした。

今日も気持ちのいい快晴で、おまけに気温は3度もあった。
氷点下から抜けだしたおかげで雪はほとんど溶けていたし、北極探検隊の出番もどうやらなさそうな感じだった。
ちなみに、僕はここだけの話本当に極度の寒がりなのだ。冬中コタツに住んでいるような人間なのだ。
それが、摂氏3度をあたたかいと感じるようになるなんて、人類の進歩は留まる所を知らない。
そりゃ二本足で歩くわけだ。と、僕が大いに納得している間に、5分ほどで例の地下都市の入り口に着いた。
「こんな天気のいい日に地下の世界に潜りこむのはもったいない」と思う人もいるかもしれない。しかし、僕らは今日ここでいくつかのミッションをこなす必要がある。

たとえ気候が氷点下であろうと、猛吹雪であろうと、すっかり春の陽気であろうと、僕らは地下に潜ってA地点からZ地点までをなぞってゆくのだ。
つまり、そういうのはもう「あらかじめ予定されている」ことであり、壮大な大自然でさえ動かすことのできないものなのだよ。

まず、僕らは日本にも進出しているユニセックスのファッションストアに向かった。
こちらの店舗では、主に妹様のお荷物持ちをさせて頂く予定であった。
普段あまり買い物に出かけることのない妹の服が、次から次に僕の目の前に壁を作っていった。同じ服の色違いを買う気持ちは僕にもわかる。ただ、僕の場合は色々と服を着こなすのが面倒だからなのだが、妹の場合はどうやら違うようだ。
女心というのは実に複雑だということを、世の男性は覚えておかなければならない。

もうこれ以上は抱えきれない、と音を上げかけた時、僕の目にショッピングバッグが飛び込んだ。俄然キャパシティが増えた僕は、まさに水を得た魚という状態で、妹の買い物にあれこれ口を出し始めた。
女心というものは、「あまり口を出されたくはないけれどついてきて欲しい」ということも、世の男性は覚えておかなければならないかもしれない。

あちらこちらにエスカレーターが設置された蟻の巣を上下するうちに、事前に頭に仕入れておいたマップ情報は立ちどころに意味を失った。こういう時は、場当たり的な観光客になるしか選択肢はないのだ。

1時間ほど歩きまわった後(もう5時間も歩いたような気分になっていたのだが)、僕らは先日スムージーを買った店に向かい、フローズンヨーグルトを注文した。今日も愛想の悪い中国人が2人で店を切り盛りしていた。地下都市には、生の果物を使ったドリンクやデザートの店が、比喩なんかじゃ全然なくゴマンとある。中でも僕らは、その店がとても気に入っていた。まぁ他の店に行ったことがないので比べようもないのだけれど。

僕の経験上の話だが、誰かがどこかに旅行に行くとする。そこで偶然、とても口にあう食べ物屋を見つけたとする。
そうすると、なんだか自分が見つけた秘密の場所のように錯覚してしまい、大抵の場合残りの旅程でも足繁く通うようになる。
店員と心やすくなった場合などは特に例に漏れない。犯人と観光客は現場に戻るのだ。
なんてったってリスクがない。
四六時中新しいことに出逢ってゆくタイプの挑戦型旅行というのは、案外疲れてしまうのだ。

肝心のヨーグルトは目玉が出るほど高かったし(大体においてカナダは物価が高い)、舌が本当に「舌鼓」を打ったほどうまかった。
ラズベリーのフローズンヨーグルト。これがいつでも食べられるなんて、地下の住民はまったく運がいい。

その後、そこからほどなくのマーケットに入り土産物を物色していたのだが、不意に僕たちは2人ともほとんど同時に疲れてしまった。
とことん疲れてしまい、動けなくなった。
近くのカフェに入り、2人で一杯のコーヒーを分けあった。
そこのコーヒーは安くて薄いコーヒーだったけれど、僕らにとっては美味いコーヒーだった。
人がある種の極限状態にある時、しばしばこういったことが起こりうる。つまり、口にしたものをいい意味でかなりの色眼鏡で見てしまうということだが。

全く、今日は平日だというのにやけに人が多かった。
あちらこちらに働き蟻が存在し、にも関わらず女王蟻が不在のこの蟻の巣では、蟻たちが銘々に困惑したり喜んだりしながら勝手に集合体を組織していた。
砂糖ではなく、コーヒーで少しばかり回復した僕たち蟻は、しばしの別行動を取ることに決めた。
つまり、僕はその場でしばらく書き物をするし(僕は広いところでうまくショッピングをすることができない)、妹はさらに衣服を物色することにしたようだ。
衣食住の中で、圧倒的に「衣」だけが重要ではないとしていた僕の考えは、トロント1日目での猛吹雪で吹き飛ばされていたので、気持ちよく納得して妹を送り出した。

《コーヒーは、万国共通》

カナダコーヒー

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カナダ旅行記 4日目 ③ 〜セル瓶〜

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

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