カナダ旅行記 4日目 ③ 〜セル瓶〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜
カナダ旅行記 2日目 ① 〜真夜中の覚醒〜
カナダ旅行記 2日目 ② 〜凍った街と僕ら〜
カナダ旅行記 2日目 ③ 〜ベジタリアン〜
カナダ旅行記 2日目 ④ 〜地下の巨大都市〜
カナダ旅行記 2日目 ⑤ 〜訓練前の本番〜
カナダ旅行記 3日目 ① 〜洗濯と郷愁〜
カナダ旅行記 3日目 ② 〜会話の動機〜
カナダ旅行記 3日目 ③ 〜野菜のパスタ〜
カナダ旅行記 4日目 ① 〜朝の思考〜
カナダ旅行記 4日目 ② 〜蟻の巣〜

時計が16時を指す少し前、僕らはいよいよ今日のメインミッションに取り掛かった。
つまり、少しばかりのお土産を物色することと、今夜のためにかなり豪華な食事を調達することだ。
これが実はかなり骨の折れる作業だったのだが、うまく説明できるかはわからない。とにかく出来る限り具(つぶさ)に書いてみようと思う。
書く必要のないかもしれないことまで。

まず、僕らは用を足しに行った。
カナダは日本のように、至る所に公衆トイレがあり、しかも無料なのでありがたい。
僕はこういう“有り難い”ことを“当たり前”だと思って留学したため、スウェーデンやフィンランドで結構不便な思いをする羽目になった。
北欧ではしばしばトイレに入るのに大体50円だか100円だかのチップを要求される。
これには随分驚かされたし、理不尽なものだと思った。だって生理反応じゃないか。
ただよくよく考えてみると寒さをしのぐための衣服や、空腹を満たすための食料にもお金は払う。
トイレにだって経費はかかっているのだ。と、頭だけで納得した僕は、街中で唯一見つけた無料の公衆トイレに足繁く通い、同じ時期に留学していた友人たちに吹聴して回ったものだ。

とにかく、僕と妹は頭の中の買い物リストをザッとチェックした。
ドラッグストアに入り、クリームのたっぷりサンドされたメープルクッキーを4箱も購入した。
こういった類のものは今や日本でも手に入るし、特に目新しいものでもなかったのだが、まぁカナダ土産といえばやっぱりメープルプロダクツなのだ。
皆で分けあえて、万人受けする定番はやはり外せない。

輸送手段が発達し、世界が狭くなったことの恩恵は人間関係だけにとどまらない。
全国のご当地グルメどころか、ほとんど全世界のご当地グルメが家に居ながらにして結構手に入ってしまう。
カナダのスーパーに並ぶ日本製品を見てもそれはまた然りなのだ。
もっとも、君がそれを“恩恵”と呼ぶならという話だが。
おかげで僕は結構土産物選びに苦労することになっているし、「カナダでしか体験できないもの」なるものを見つけ出すのに半ば匙を投げたいような気持ちになっているから、諸手を挙げて歓迎すべき事態とは言えないかもしれない。

次に僕らは、オーガニック製品が立ち並ぶ店に足を運んだ。
そこで自宅用の大瓶メープルを購入したり、いくつかのスナックを選んだ。”Beer”と書かれた瓶詰めの液体製品が山のようにあったが、実際ビールなのかどうか怪しかったため店員に聞いたところ、案の定ビールではなくただの炭酸水だった。
一体どうしてこんな紛らわしいことをするのか僕にはまったく理解できない。

この時点で結構いい時間になってしまっていた。僕らなりの「秘密の場所」になった例の惣菜スーパーは、早く行かなければおばちゃんたちが撤収し始めてしまう。
その前に僕らには今夜のアルコールを調達するという任務があった。

カナダの酒事情について少し話しておかねばならない。
僕はここにくるまでほとんど全く知らなかったのだが、どうやらカナダはお酒の扱いについてはかなり厳しいらしい。
お酒を扱えるのは大抵が政府直営のリカーショップや免許を持ったレストランのみで、未成年の飲酒は固く固く禁じられている。
購入する際は顔写真付きの身分証明を求められ、店には警察もいたりする。
さらに、公共の場での飲酒なども禁止されているため、日本では春の風物詩とも言える、桜吹雪の中で宴会なんてことももっての外だ。

これは結構ショッキングだった。
まぁ、スウェーデンなんかはほとんどなんかじゃなく、“100%“政府直営の酒屋しかなかったし、それも夕方には閉めてしまうので、そう思ったらまだマシかもしれない。ただし、当たり前のようにアルコール度数の極めて高いお酒が所狭しと並んでいるのには、お酒好きには逆にたまらない場所なのではないかとは思うが。
きっと寒い地域では、人々はアルコールをついつい消費しすぎてしまう傾向にあるのだろう。日本人が居酒屋の飲み放題で薄いお酒を飲みすぎてゲェゲェやっているのなんて、実に可愛らしく微笑ましい光景に違いない。

そんなわけで僕らは近くのリカーショップを検索した。
比較的どこでも無料でネット環境が整っていることに関しては、実に、実に日本にも見習って欲しいところである。
もっとも、そうなったらなったで「どこにいてもネットが追いかけてくる」などと辟易してしまうのが僕の性なのだが(笑)

運の良いことに、最も近いリカーショップは僕らの帰り道にあった。中に入ると、まるで遊園地の入場ゲートのような厳重なゲートが僕らを出迎えた。その時の僕らの気持ちとしては、遊園地に入るときのあのワクワクと期待が入り混じった興奮とは程遠かったのだが。

人の流れも相まって、そのゲートは僕に魚を捕る「セル瓶」を思い起こさせた。セル瓶とは、川上に向けては口の広い穴を、川下に向けては魚が通れないほどの小さな穴を開け、川の流れに乗って魚が一度入ってしまうともう出て来られなくなって見事に捕獲されてしまう、という文明の機器だ。僕らは捕獲された。

金曜日の夕方ということもあり、その店はこの上なく混雑していた。大量捕獲だ。僕らは手早く缶チューハイとビールを選び、綺麗に整列した。手の中のビールはキンキンに冷えていて僕の体温を奪っていくし、どうにかセル瓶から這い出ようと小さな穴に長蛇の列を作る川魚たちの列は、どこまでも伸びていた。20分ばかり大人しく並んだ後、ようやく僕の番が来た。

そこで僕の運の無さが本領を発揮した。いや、実はこちらに来てから僕の「不運な星回り」が息を潜めているので様子がおかしいとは思っていたのだが、まさかここで巡ってきてしまうとは。オーケー、話そう。思い出したくもないけれど。

僕の前の前の客が、なんだか店員と話していた。もめているような感じではなかったが、どうやらトラブルがあったらしかった。そして、前の客もクレジットカードを手にした後、現金を取り出して精算していた。なんだか嫌な予感がしたが、案の定店員がいかにも不機嫌そうに告げた。「悪いね。この機械がなぜかクレジットカードをはねちまうんだ。悪いけれど現金で払うか、他のレジへ回って並び直してくれないか?」
「並び直す?」僕は耳をもいでしまいたい気分になった。この重い酒を持って20分も並び直すだって?冗談じゃない。カナダはカード社会だと聞いていたから、僕の財布にはほとんどキャッシュがなかった。僕はとことん気が滅入ってしまった。日本だったらこんなことはありえない。店員は機嫌が悪そうなんかじゃなく、心の底からすまなそうにするだろうし(たとえそれが店員のせいでなくとも、だ)、少なく見積もっても隣のレジへ優先的に割りこませるくらいのことはしてくれるはずだ。まったく。僕は少しだけカナダのことが嫌いになりかけてしまった。ニッポンの接客クオリティ、バンザイ!!!
「もういいよ、並び直す気はないから。今回はやめておくよ」できるだけ無愛想に見えるように店員にそう告げ、僕はあっさりとセル瓶を脱出した。

続きを読む
カナダ旅行記 4日目 ④ 〜明かされぬ語り〜

書いた人

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍、ペーパーバック(紙の書籍でお届け。POD=プリントオンデマンドを利用)
販売価格:電子書籍450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)、ペーパーバック2,420円

カナダ旅行記 4日目 ③ 〜セル瓶〜”へ1件のコメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。