カナダ旅行記 4日目 ④ 〜明かされぬ語り〜

《バックナンバー》
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カナダ旅行記 2日目 ① 〜真夜中の覚醒〜
カナダ旅行記 2日目 ② 〜凍った街と僕ら〜
カナダ旅行記 2日目 ③ 〜ベジタリアン〜
カナダ旅行記 2日目 ④ 〜地下の巨大都市〜
カナダ旅行記 2日目 ⑤ 〜訓練前の本番〜
カナダ旅行記 3日目 ① 〜洗濯と郷愁〜
カナダ旅行記 3日目 ② 〜会話の動機〜
カナダ旅行記 3日目 ③ 〜野菜のパスタ〜
カナダ旅行記 4日目 ① 〜朝の思考〜
カナダ旅行記 4日目 ② 〜蟻の巣〜
カナダ旅行記 4日目 ③ 〜セル瓶〜

例の惣菜スーパーの撤収を案じ、妹には先にスーパーに行ってもらっていた。
到着すると、妹は妹で疲れきった表情で僕を迎えた。
なんでも妹が店に入ろうとしたその時、一人の老人が肉を大量に万引きするのを客が見咎め、一騒動あったらしい。
店にはまだ警察がいた。優しい妹は、老人を責めるというよりは、「誰かが万引きをしなくちゃいけない状況」だとか「そうさせてしまう社会」だとかに心を痛め、とことん参ってしまうのだ。
海外にいると、実に色々な事がある。観光客だからこそ見えてくる闇の部分ってのが、少なからず存在する。

僕もひとしきり酒屋での愚痴をこぼし、2人で悲しみを中和し合った。
僕らは努めて明るく振る舞おうとし、今夜の宴の買い出しをした。
水や果物を合わせたら、きっと僕らの体重に匹敵するくらいの買い物をしたと思う。
カードというものは、いくら使ってもボタンを数回押すだけで買い物ができてしまうから、本当に便利で怖い。

そこからホテルまでの道のりは、できるだけなにも考えないように努めた。
力のない僕はとにかくできるだけ多くの手提げを持ち、力持ちで優しい妹は4Lものミネラルウォーターを彼女のリュックに詰めることを進んで引き受けてくれた。とにかく今日は、カナダの冬にしては暑い日だったのだ。

ホテルに帰り着いた僕らは、ほとんど眠ったような状態でシャワーを浴びた。
伯母と従妹が思ったより早く帰ってきて、たまたま見かけたというリカーショップで購入したというハイネケンビールとギネスビール、それに白ワインを手にしているのを見た時、僕ら兄妹はホッとしてそのまま眠り込んでしまいそうだった。

いつもより豪華な食卓では、実に様々なテーマが飛び交った。
従妹の愚痴をみなで驚きと同情の念を持って拝聴したり、教育というテーマについて銘々の持論をぶつけあったり。
お酒が進むにつれて、それは人生だとか魂(たましい)だとかの話になっていった。

3人の若者と1人の人生の先輩が一同に介し、こんな話をする機会というのはあまりない。そもそも従妹や伯母とこんな話をするのも生まれて初めてだったし、きっと今回の旅で一番濃く、これからも忘れられない大切な時間を過ごした。
だからこそ、僕はここにその内容を事細かに書くことを差し控えたい。こういう時間の深さというのは、きっとそこに居合わせたものたちだけが感じることの出来る類のものであると僕は思うし、そういうのをいちいち実況中継するのってなんだか興趣(きょうしゅ)を削ぐことになりかねない。僕は彼女たち専属の取材記者ではなく、その議論の参加者としてそこに存在したのだ。

そこで僕らはあまりにも不器用な人間の感情をぶつけあった。人と深く関わることを得意としない僕は、久しぶりに生きた人間の心の中を垣間見、僕自身も生きた心地がした。

そういうわけで、僕らはそれぞれに語りつくし、気持ちよく眠りについた。

《今日はとびきり豪華な宴会なのだ》

カナダの宴会

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カナダ旅行記 5日目 ① 〜白黒つけない〜

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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