カナダ旅行記 5日目 ③ 〜異国のたべもの〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜
カナダ旅行記 2日目 ① 〜真夜中の覚醒〜
カナダ旅行記 2日目 ② 〜凍った街と僕ら〜
カナダ旅行記 2日目 ③ 〜ベジタリアン〜
カナダ旅行記 2日目 ④ 〜地下の巨大都市〜
カナダ旅行記 2日目 ⑤ 〜訓練前の本番〜
カナダ旅行記 3日目 ① 〜洗濯と郷愁〜
カナダ旅行記 3日目 ② 〜会話の動機〜
カナダ旅行記 3日目 ③ 〜野菜のパスタ〜
カナダ旅行記 4日目 ① 〜朝の思考〜
カナダ旅行記 4日目 ② 〜蟻の巣〜
カナダ旅行記 4日目 ③ 〜セル瓶〜
カナダ旅行記 4日目 ④ 〜明かされぬ語り〜
カナダ旅行記 5日目 ① 〜白黒つけない〜
カナダ旅行記 5日目 ② 〜新旧の赤レンガ地区〜

その後再び舞い戻った例のマーケットでは、人々の賑わいがまだ途絶えておらず、むしろ増している気さえした。
まずはきちんと観光客としての役目を果たすべく、土産店でひと通りのものを揃えた。会計をしてくれた中年の女性が好意でくれたのであろう、カナダの国旗がでかでかと描かれた買い物袋は、僕たち4人に「観光客」という名札を授けてくれる結果となった。

僕が2日前にパンを購入したパン屋は、今日は店から溢れんばかりの焼きたてパンが並び、しかもそのどれもがかなり美味しそうだった。
後から聞いた話だが、伯母は夕ご飯にするためのパンをいくつか手に入れるために結構奮闘してくれたらしい。
プレーンではなくゴマのついたベーグルを注文するため、”put on something”と伝えたところ、なんと伝わったらしい。
ホテルに戻ってから「あれはセサミだったわ。咄嗟の事で出てこなかったわ」と嘆いていた。
そう、コミュニケーションって、頭で「ゴマ」って念じていれば案外伝わるものだし、咄嗟の会話で単語が出てこないというのは、僕も共感するところだ。

最後に、父への土産物としてアイスホッケーをしているロボットの形をしたワインスタンドを購入した。
先日訪れた時に目をつけていたものだ。やっぱり、すごくいい。我ながらセンスがいい。
カナダはアイスホッケーで有名だということをここで初めて妹の口から聞き、僕はなおさらこのお土産でよかったと確信した。
僕はとことん情報に疎く、妹はとことん検索に強いのだ。

重い荷物を抱えてすっかりくたびれた僕らは、足早に帰り始めた。
行きに通った教会が、青空に映しだされて朝よりももっと美しい姿を見せていたが、僕らの誰一人としてもう一度写真を撮りたいとは言い出さなかった。
実を言うと、普段引きこもりがちな僕がこれほどまでに毎日毎日活動しているのって奇跡に近いのだ。
つまり、僕はそろそろ本気で疲れ始めていた。どれだけ眠っても(未だ続く時差ボケを抜きにしても)、心が満たされても、美味しいものを食べても止められない疲労の蓄積というのはある。
刺激的な時間を咀嚼し、自分の価値観と照らし合わせ、それを絶え間なく経験へと昇華していく作業というのは結構消耗するのだ。それに伴う魂の歓びが大きければ大きいほど。

息も絶え絶えでホテル近くのフードコートに飛び込んだときは、僕らはほとんど飢えに近い空腹を感じていた。
サンドイッチやハンバーガー、タイ料理なんかを銘々で注文し、それを分けあった。タイ料理は相変わらず量が半端じゃなく、なにかの間違いなんじゃないかって思うほどだった。言わせてもらうが、僕はこのフォーの入ったくらいの大きさの容器で、バケツプリンを作ったことがある。

料理はどれも本当に美味かった。僕は、自分がいつもいかに何も考えずにものを口にしているかをつくづく思い知った。
腹が本当に減るから食事をする。それが生きることだということを、普段はあまり気づけなかったりする。
その時の幸せには、大切な人と「うまいうまい」と言いながら食べる瞬間(ひととき)というスパイスも加わっていた。
パソコンの画面とにらめっこしながら、コーヒーを片手にパンを詰め込む平日の僕は、食べ物に対してなんて失礼なことをしていたんだと、ありきたりかもしれないけれど純粋に思った瞬間だった。

出されたものを残すことや、残す人って僕は結構好きになれないのだけれど、改めて食べ物は残さないと胸に誓った。さて、さしあたって僕がまずしなければならないことは、例のタイ料理店に行って量を1/3にしてもらうということになる。

その後スーパーに行って、明日からの果物や水を買い込んだ。明日の朝、僕らは移動することになる。
旅には時にメリハリが必要になる。そんな時、場所を変えるというのは一番手っ取り早いやり方の一つだ。

ホテルに帰り着くとすぐに、伯母は従妹を送って行った。僕と妹は、まだ昼の2時だったが、シャワーを浴びた。足が棒のようだ。

従妹にとって、この2日間はなにかしら心に温かい風を送り込むきっかけになっただろうか。母親にちゃんと甘えることができただろうか。日本に帰ってきたら、一緒に温泉旅行に行こう、と約束し僕らは別れた。
あまり余計なことは言わなかった。僕らは従妹なんだ。これまであまり深く話したことはなかったが、血のつながりって結構不思議なものだ。

伯母が戻ってきた時、少し寂しそうだった気がした。僕と妹は2人で洗濯に出かけることに決めた。2階のランドリーで洗濯を回している間、ロビーにあるカフェでコーヒーを飲むことにした。なぜか店員がおらず、通りがかりのホテルマンらしき人(エディー・マーフィーのような見かけに僕らは興奮した)がコーヒーを作ってくれたのだが、これがまたこの上なく薄い。きっと彼はコーヒーを作ったことがないに違いない。このユルさが、カナダという国なのだ。好むと好まざるとにかかわらず。
でも、彼は僕らの好きに牛乳を足させてくれたし、コーヒー(というかほとんど茶色い水)を並々注いでくれた。
その愛情が実に美味かったので、僕と妹は何とかその大きなサイズのコーヒーを飲み干した。キャラメルシロップを追加しておいたのが唯一の救いだった。

部屋に洗濯物を干し終えると、僕はまた唐突に眠くなった。こうなると僕のことはしばらく放っておいたほうがいい。
自制がきかないほど、全てに疲れてしまっているのだ。心配しなくていい。
1時間も眠ればまた、フザけた顔をして妹に怒られているのだから。

山盛りのフルーツに、買ってきたばかりのパン。今日の夕食は安価で質素とも言える食事だったが、こういう食事を「満ち足りた豪華な食卓」と呼べるくらいの正常な感覚は持ち合わせていたい。
少なくとも、僕ら3人は「美味しい」と20回は言ったし、皆が満腹になった。
その後は全員が早めの眠りに着いた。部屋の外が幾分、騒音のごとき奇声で騒がしかったことを除けば静かな夜だった。

《マクドナルドもカナダ仕様》

IMG_2822

《ところ狭しと生鮮食品が並ぶ》

IMG_2805

《パン、パン、パン。サイコーだ》

CIMG1307

続きを読む
カナダ旅行記 6日目 ① 〜ベジタリアン〜

The following two tabs change content below.
ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。