カナダ旅行記 6日目 ④ 〜世界一の滝〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜

カナダ旅行記 6日目 ① 〜ベジタリアン〜
カナダ旅行記 6日目 ② 〜凍える朝〜
カナダ旅行記 6日目 ③ 〜珈琲の救済〜

ようやく長いバスの旅が終わり、ナイアガラのホテルに到着した。
降り際に運転手が僕たちのところにやってきて、「いくつかの問題があったようです。」と告げた。
聞くに、彼らは時間の変更をトロントのホテルに伝えてあり、僕たちに直接、さもなくば部屋への置き手紙で知らせるよう手配していたというのだ。
きっとあの巨大なホテルにあってこの小さな情報はどこかで掻き消されてしまったのだ。
とにかく誤解が解けたことで、僕らの間には2時間前よりも滑らかな空気が流れた。
最後まで彼から謝罪の言葉はなかったが、特に謝ってもらいたかったわけでもないし、きっとこの社会では、謝罪の言葉は自らの立場を幾ばくか悪くするだけの呪文に過ぎないのだろう。

ともかく僕はチェックインを済ませ、彼女たちは用を済ませた。僕も後に続いた。そしてほとんど人のいない、閑散期のThe Oakes hotel overlooking the falls”の自分たちの部屋へと向かった。

部屋は幸運にも18階だった。部屋に入った瞬間、まずベッドが人数分の3つあることを僕らは喜んだ。そして、さらに僕らを喜ばせる光景が目の前に広がっていた。

ナイアガラには「カナダ滝」と「アメリカ滝」と名のついた2つの滝が存在する。
驚く無かれ、このホテルの1819号室からはこの2つの滝がどちらも申し分なく、一寸の不足もなく完璧に見渡せたのだ。きっと近隣のどのホテルからもこれほどの絶景は臨めまい、と僕らはそれぞれが言葉もなく確信した。

言葉もなく。いや、もし君が厳密な描写を好むのなら、僕はここを書きなおさなくてはならない。その光景を見た瞬間の僕らは、まるで生まれて初めて虹を見た子供のようだった。
「うわぁぁぁぁぁ、最高!」
「ほんとにほんと?夢みたい!」
「いいの?これ。ラッキーすぎるよ!閑散期最高!」
「きっれーい。見て、滝が凍ってる!」
「下から見えるあの白いモクモクは何なんだろう?湯気?」
「あっちはもうアメリカかー。あ、あれレインボーブリッジじゃない?」
このようにひと通りまくしたてると、やっと重たいバックパックを降ろすことを思い立った。朝の時点では、もう今日中にはナイアガラに着けないんじゃないかと本気で心配した。その分、目の前の滝は僕らの心までも潤してくれた。

感動の波が一段落すると、次は腹が減ってきた。荷解きもほどほどに、近くのモールまで歩いて行くことにする。吹き付ける風が頬を切りつけ、そこに存在しているだけで辛くなってくるレベルの寒さを体験したのはスウェーデンの冬以来だ。やはり僕は寒さにめっぽう弱い。観光客向けに作られた中規模なショッピングモールは、一言でいうと暖かかった。この土地では、僕にかかるとほとんどの屋内がそう形容されてしまう運命にあるのだ。申し訳ないが。

僕たちは一直線にフードコートを目指し、各自好みのものを物色した。たくさんあるファストフードの中で、僕は”Tim Hortons”というベーカリーカフェを選んだ。美味そうなパンや焼き菓子が並び、その中から一つを選びとるのに結構な時間を要した。優柔不断男と呼んでくれればいい。結局シナモンレーズンのベーグルとミネストローネを注文した。妹と伯母はピザを取ったようだった。僕がいなくても充分に英語で各自食料を調達するので、やっぱり女の人は逞しい。
トーストされたベーグルはほんのり甘くてモチモチとして、本当に美味かった。スープは幾らか塩辛かったけれど、そもそも日本にいたとしても何でも塩辛く感じる体質なのだ。これはこのスープが悪いんじゃない。こちらに来てから、野菜といえば生のサラダかこってりとした炒めものが中心だったので、温かいスープに身を沈めた煮込まれ野菜は有りがたかった。

満腹になったところで、彼女たちは少しばかり散策に出掛けるといった。僕は寒さに凝りてしまっていたので、読書の続きを始めることにした。暖かなフードコートは、ピザの焼ける匂いが四六時中漂っていること以外はとても居心地がよかった。
それぞれの時間を過ごした後、今日のところは早めにホテルに戻ることに決めた。

ホテルに戻った時、部屋の奥にある大きなスクリーンからは相変わらず見事な滝が2つ見えた。そしてそこには今、虹がかかっていた。僕らは文字通り、また「虹を見た子供」になった。滝壺に吸い込まれるようにかかる虹は、なんだか現実離れして見えた。

せっかくナイアガラに来たのだから、ワイナリーを訪問したい。僕たちの意見は概ね一致していたのだが、どのツアーも申込期限が過ぎてしまっていた。フロントで聞いたツアーは馬鹿みたいに高いし、旅行代理店のトロント支店は日曜日休みを取っている。
僕は妹の組織する「検索隊」に臨時参加し、ありとあらゆるウェブサイトを徘徊し始めた。隣では伯母が優雅に滝を眺めてため息をつき、僕らは次々に消えていく可能性の数が増えるたびにため息をついた。
こういう時、ウェブと繋がりのある機器を持っているということはかなりのアドバンテージになる、ということも今回の旅行で学んだことの一つだ。

1時間もした頃だろうか。僕は一筋の光を見つけた。僕らのお目当てのワイナリーツアーが、結構格安で提供されているサイトを見つけたのだ。グッジョブ!早速カード決済を済ませ、今日の占いをチェックする。「双子座:☆5つ 遊び運が好調」とある。占いというものは、僕が信じる限りにおいて良い巡り合わせを与えてくれる。逆もまた然りなのだが。
気分の良くなった僕らは、贅沢にも部屋の中から滝を見ながら夕食を摂った。コーヒーポットは湯沸し器としても充分な機能を果たしてくれたし、昨日マーケットで買ったパンもまだ美味しかった。

夜の8時半。
日が暮れて闇に包まれた滝に光が灯った。はじめは白、次に赤と青と緑が同時に。
予め検索していたように、滝のライトアップが始まったのだ。「検索」。これによって、僕たちは過去の旅行者や、観光情報の提供者から与えられる情報をもとに、これから体験するであろう事柄を疑似体験する。サプライズ感を代償に、安心感や確実性を手に入れるのだ。
好むと好まざるとにかかわらず、特に「旅行」という非日常的な性質を持ったイベントにおける検索の重要性は計り知れない。
しかし、予め答えのわかっている行程表をなぞるだけの旅行にどんなオリジナル性があるというのか。君以外の人間が参加したとしても、そっくりそのまま同じ旅行になる体験を、君は君の体験として楽しむことが出来るのか。

今回の旅行の構成をほとんど「検索」の恩恵によって作り上げた僕の心境は、くたびれたような、嫌気が差すような、それでいて感謝したくなるような、複雑な乙女心のようになっている。僕は一般化されない僕であることが叶うのだろうか。きっと無理な話なのだ。せめてもの抵抗に、冗談みたいにパシャパシャとシャッターを切るのをやめにする。

窓からは信じられないくらい幻想的な朧月(おぼろづき)が臨めた。
轟々と流れ落ちる滝にもびくともしないその月は、いつもの儚げな雰囲気ではなく力強いパワーを感じさせた。オレンジがかった朧月は、なぜか僕に日本を思い起こさせた。
「『天の原 振りさけみれば春日なる 三笠の山に いでし月かも』……あれ、天の川だったっけ?」と呟いていると、唐突にホームシックになった。僕の記憶は怪しいが、少なくともこの句を読んだ人は祖国に帰れる意気揚々とした気持ちを描写していたように思う。
 今日もすっかりくたびれた僕は、多少風邪っぽい症状も出て来始めたため、早めにベッドに潜り込んだ。

 夢の中で、僕たちは朝食を摂るレストランに向かっていた。正午まで朝食が提供されるそのレストランには11:30に到着した。
ところが、入り口にはもう朝食の時間が終わる旨を書かれた看板がかかり、ドアの前には余ったフルーツがテイクフリーで置かれていた。途方に暮れていると、なぜか僕だけが中に案内され、3人分の朝食を胃に収めるよう指示された。
メニューに並ぶのは、分厚いステーキ肉にハンバーグ、ギトギトのポテトフライに焦げたトーストだった。僕はそれらを前に必死で吐き気を抑え、2人の食料確保に踏み切った。

《ホテルからの眺め。最高だ》
ナイアガラの滝

《夜にはまた違った景色を見せてくれる》

ナイアガラの滝夜景

《日本人に人気のホテルは、こんなサービスもあった》

ナイアガラの滝ホテル

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カナダ旅行記 7日目 ① 〜朝の胃袋〜

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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