カナダ旅行記 7日目 ② 〜滝にまつわるものがたり〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜

カナダ旅行記 7日目 ① 〜朝の胃袋〜

ナイアガラ川のアメリカ滝とカナダ滝の間には、ゴートアイランドという島が存在する。その島には昔、巨人の一家が住んでいたという。祖母のメリースラー、父親のアイソング、母親のマジョリカ、娘のシルビア、息子のソドムの5人家族で仲良く暮らしていた。
この島の西の端には、銀色に輝く葡萄(ぶどう)がなっていた。一家はこの葡萄からできるワインを輸出して生計を立てており、銀色の葡萄からできる銀色のワインは、とびきり甘くて濃厚な味わいが評判を呼んでいた。
この葡萄は娘のシルビアの口づけによって果汁に甘みが加わる。祖母のメリースラーから母のマジョリカに引き継がれ、3年ほど前にシルビアがこの「口づけ」の役目を引き継いだ。これはこの一家だけの秘密、のはずだった。

雨の降りしきるある日、来訪者は突然やってきた。葡萄畑を経営するという農夫がアイソングの元を訪れた。彼はアイソングにワイン作りの教えを請うためにはるばるドイツからやって来たと言った。
銀色の葡萄の木のこと、シルビアの口づけのことが農夫にわかってしまうことを恐れたアイソングは、農夫を島の西側に近づけないようにし、島の東側で農夫をもてなし続けた。その後何年にも渡り農夫は島に通い続けたが、銀色のワインの作り方はついぞわからないままだった。

そんなある日、父親のアイソングが不治の病にかかってしまった。この病は今は身を潜めているが、左手にできた斑点がじわりじわりと確実に体を蝕み、1年後に体の所有者を完全に取り込んでしまう病気として北米中に広く知られていた。
ドイツに帰ったばかりの農夫が次の修行に訪れるのは1年後。
それまでになんとか島への入り口を全て塞いでしまおうと考えたアイソングは、病に侵されつつある体にムチ打ち、島の周りに高い壁を築き始めた。まずは農夫がいつもやってくる島の東側を塞いだ。
ひとつひとつレンガを積み上げてゆく作業は実に骨の折れるものだったが、一家の行く先を案ずる大黒柱として、アイソングは途中でやめるわけには行かなかった。東側に高い壁がそびえると今度は北、南と順に壁を作っていった。しかし、最後の西側の壁がまだ未完成のまま、アイソングはついに力尽きた。

悲しみにくれた一家は、それでも生活をしてゆくためにワインを作り続けた。壁を作るためのレンガは島の西側に寂しく放置されていた。もうすぐ農夫がやってくる。島に上がるために西に回られたら、銀色のワインの木が見つかってしまう。

約束の日まであと3日となったその日、息子のソドムは島の遥か西の彼方に農夫が船を漕いで来るのを見つけた。彼は姉を救うためにレンガを積みにかかったが、まだ幼いソドムの力ではレンガはびくともしなかった。葡萄の秘密と姉を奪われるくらいなら、と彼は父親の遺した剣を銀色の葡萄の木に突き刺した。一家の生計よりも、姉の命を大切にした。
その瞬間、木を中心にアメリカ側とカナダ側の両方で不思議なことが起こった。ゴゴゴゴという音とともに、島の西側を隔離するような格好で滝が出来上がった。それが今のナイアガラ滝になっていると言い伝えられている。

いかがだっただろうか。事実、この歴史を知ることで僕自身も違った見方で滝を眺めるようになった。カナダ側から眺めるゴートアイランドに、銀色の木が見えた気がした。もっとも、この話はそっくりまるまる僕の妄想の中で作り上げられた話だということを告白しておかねばならないが。

妹と伯母がホテルへ戻ってきた頃、僕は半分夢うつつだった。彼女たちは上気した顔で今日の出来事を僕に話してくれた。
ナイアガラの歴史を語る映画を見たこと(当然のことながら、僕の話よりもっと現実味を帯びた話だった)、夕食の買い出しに行ったサンドイッチ店のお兄さんが優しかったこと、帰りに立ち寄ったテーブルロックという、滝が間近で見えるところで水しぶきを浴びたことなど。濡れた妹の髪が凍ったという話を聞いただけで、僕は身震いがした。

そんなことよりも僕はとにかく腹が減っていた。朝の吐き気は治まったものの、今日はロクにものを食べていない。果物やナッツを少し、あとはひたすらにこんにゃくゼリーで虫養い(むしやしない)をしていた。妹が僕のために一生懸命英語で注文してくれた野菜のサンドイッチを、僕は噛み締めて味わった。
唐辛子と甘辛いスイートオニオンソースがたっぷり挟まったサンドイッチは、あらゆる意味で僕の目頭を熱くした。

僕らの部屋は東に面している。つまり、朝焼けと滝はセットで楽しめるが夕焼けは廊下で反対方向を見て鑑賞する必要がある。伯母と妹は毎日のようにカメラを片手に忙しそうにする。僕は日本の夕陽のほうがどちらかというと好きなので、部屋に残ってラズベリーのお酒を飲みながら(これがまた美味かった)、カジノビルに照り返す夕陽を眺めていた。

明日に備えて8時半には眠ることにする。

《夕陽を見ながらちびちびやるのもいいものです》

ナイアガラの滝とお酒

《水の勢いで、滝の周りにはいつも虹がかかっています(妹撮影)》

ナイアガラの滝と虹

《ビルの狭間に太陽が沈んでいきます(妹撮影)》

ナイアガラの夕陽

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カナダ旅行記 8日目 ① 〜Xデーの朝〜

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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