カナダ旅行記 8日目 ② 〜氷の世界〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜

カナダ旅行記 8日目 ① 〜Xデーの朝〜

ナイアガラの街には循環バスが通っている。”WE GO”という名の、なんとも愉快な名のついたバスだ。
オフシーズンは1デイパスがお値段そのまま2デイパスになる。これはかなりお得だ。昨日伯母と妹に購入しておいてもらい、僕らは今日もそのパスで移動することにした。
バスの時刻を調べ、それに合わせて部屋を出発する。今日は信じられないくらい暖かい。自然と顔がほころぶ。外気温というのは僕の元気度に最も大きな影響を及ぼす要因なのだ。

ものの5分でテーブルロックに到着する。ナイアガラに来て3日目、僕はついに間近で滝を見る機会を得た。運の悪いことに、バス停から少し滝に近づいたあたりから雨が降りだした。今日は快晴の予報だったのに、やっぱりこの国はなんでもアバウトなのだ。
いや、違った。滝の水しぶきが降り注いでいるのだ。僕は心の中でウェザーサイトに謝り、しっかりとフードをかぶって滝がよく見える場所に向かった。

ここからのことは上手く文字にできない。緩やかな川の流れがぐっと早くなり、滝の始まるところへ吸い込まれてゆく。完全なる不可逆性を持ったそれは、いっそ思い切り良く滝壺に飛び込んでゆく。滝壺の中は水しぶきが充満し、まるで白いブラックホールのようにも見えた。いや、実際は水しぶきの雨でほとんど目も開けていられないくらいの迫力だった。それはホテルの窓から見た、優雅な滝の流れとは全然違っていた。

この流れに少しでも触れようという気を起こしたら、僕はきっとあっという間にこの滝壺に吸い込まれて「なかったこと」になるのだ。短い80年の人生どころか、23年のささやかな人生をあっという間に宇宙の藻屑にすることだって、この滝にとってはなんでもないのだ。そう思うと、凍ってつるつるとした地面を掴む足にもグッと力が入った。
水浸しになった僕は、あっという間に滝を通り抜けた。その先にある展望台からは、濡れることもなく滝を眺められるスポットがあった。そっちの方は安全で、より日常みたいな感じがした。

30分もすると、次のバスがやってきた。気のいいおばちゃん運転手に挨拶をし、席につく。
バスは本当にガラガラで、まるでほとんど貸し切りの観光バスみたいな様子になった。とにかく行けるところまで足を伸ばすつもりで、窓の外を眺めて時間を過ごした。カナダ滝を背にアメリカ滝を通りぬけ、レインボーブリッジを横目にバスは滑らかに進んだ。
途中でおばちゃんが気を利かせてくれ、貯水池のようになっているところにしばらく停車してくれた。どこから流れてくる水なのか、ここの水は濃いエメラルドグリーンをしていた。滝のほうでは白い水しぶきしか見ていなかったけれど、ここの水は本来こういう色なのかもしれない。

バスは再び出発し、僕らはそのバスが行く最後の駅まで行った。そしてそのまま、引き返してきた。
文字通りそのバスを「観光バス」として利用した僕らにも、おばちゃんは優しく接してくれた。
旅って出逢いなのだ。ありがちな言葉に聞こえるけれど、僕たちの世代に言わせてもらえば、ほとんどの言葉は偉大なる先人によってすでに作られてしまっているわけだし、色々な場面で是非とも使いたい言葉がちゃんと残っているわけだから、まぁ大目に見て欲しい。

《近くで見た世界一の滝は、やっぱりすごかった。》

ナイアガラの滝1

《手すりだってこの通り》

ナイアガラの滝2

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カナダ旅行記 8日目 ③ 〜前哨戦〜

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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