カナダ旅行記 8日目 ④ 〜ワインの飲み方〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜

カナダ旅行記 8日目 ① 〜Xデーの朝〜
カナダ旅行記 8日目 ② 〜氷の世界〜
カナダ旅行記 8日目 ③ 〜前哨戦〜

ナイアガラ・オン・ザ・レイクまでの25分間ほど、車内には萩さんのオヤジギャグが飛び出し続け、オジサンがそれに突っ込み、女性が笑うという理想的なムードが出来上がっていた。
きっともう何十回も何百回も使い古された同じギャグをさらりと言ってのけている彼は、ナイアガラにおける日本人の案内役として超ベテランなのだ。

僕はやっぱり、次から次に繰り出される彼の話を注意深く聞こうとするがすぐに気がそれてしまう。人の話を長い時間うまく聞き続けることができないのは、言語のせいだからじゃなくて僕の性質なのだ。僕は諦めてぼんやりと外を眺めていた。
あっという間に景色は田舎風になり、広々とした葡萄畑が目立つようになった。断片的に獲得した萩さん情報によると、もっと田舎になると3〜4kmに家が1軒あればいいほうなのだそうだ。
すぐにワイナリーが見えてきた。土地を持つカナダ人、そこで働く季節労働者という少し切ない労使事情を僕らに伝え、萩カーは停車した。

ワイン専用の葡萄というものがある。僕の中での葡萄っていうのは、小学校の遠足で葡萄狩りに行った時に見た、あのつるからぶら下がっている日陰の果物だった。
でも今目の前に無数に広がっている葡萄の木は、空飛ぶ魔法の箒をひっくり返したような形をしていた。収穫が終わったばかりの木には何もついてはいなかったが、ここに葡萄がたっぷりとなっているところを想像すると僕はワクワクした。

ワイン工場の中に入ると、別の日本人女性がガイドを担当した。まずは地下のワイン貯蔵庫に案内され、木樽で熟成するタイプとステンレスで熟成するタイプとがあるとかなんとかの説明を受けた。
かれこれ10分間ほど彼女は話し続けていたが、なにしろ彼女は僕が出会った中でも指折りの早口な人で、残念ながらほとんど聞き取ることができなかった。

僕は特に早口の人と上手くコミュニケーションが取れない。人と話すときやラジオを聞くときなど、耳を使う作業が比較的苦手な方なのだ。僕の耳は、まず音を捕らえた後にその内容を頭の中のキャンバスに文字起こしする。
そして、その後にその文字をじっくりと読み解いてゆく。理解が完了した段階でやっと自分の発言に移るので、大人数で話す時などは大抵出遅れる。
なんでも文字にしないとうまく噛み砕けないのだ。ときたまなんらかのスイッチが作動し、自分でも驚くぐらい饒舌になることがある。後でぐったりしてしまうのが定石だが。

ワインの製造工程自体にはさほど興味もなかったので、そのまま地上階に戻るのを待った。
そして、次に早速お待ちかねのテイスティングの時間がやってきた。僕はこの瞬間を心待ちにしていた。
普段あまりお酒は飲まないが、こういう風に美味しいものを少しだけ味見できる機会というのはなんだかドキドキする。ちょっとだけ悪いことをしているような、そんな感じ。

まずは白ワインのテイスティング。グラスに注いでもらったワインを、まずは嗅いでみる。
次に、グラスをグルグルと回して匂いを嗅いでみるように指示される。
慣れていないと、こいつがなかなか上手くいかない。僕の隣の隣の女性はスイスイと回していて、ガイドに「お客様、慣れておられますね?お上手です」などと褒められていた。

いよいよワインを口に含む段階だが、ここで僕にとってはちょっとした衝撃があった。これまでワインを味見する時、苦味や酸味が気になっていた。しかしそれは口の中の不純物がそうさせているとのことだった。僕たちはまず少しだけのワインで口をすすぎ、続いてきちんと口全体でワインを味わうように言われた。できるだけ忠実に、僕はその手順を踏んだ。

これには舌を巻いた。一口目と二口目では、風味や味に歴然とした差を感じたのだ。
一口目に口をついた酸味や軽いエグみが二口目からはすっかりと消え、代わりに豊かな風味と甘味が口全体に、いや体全体にふわりと広がった。これまでのワインへの印象を覆すような体験だった。早くワイン好きの父にも教えてやりたいと思った。

続く赤ワインも、同様の飲み方をする。これまで独特の渋みが苦手だった赤ワインが、嘘のように飲みやすくなった。
苦手な場合はワインを残してもいいのだが、僕は一滴残らず飲み干してしまった。
隣でワインに手を付けずに全て流してしまっている人がいた。
例のオジサンだ。同行していた息子らしき人によると、彼は「昔はそれこそ湯水のように飲んでいたよ。でももうこの人は飲んじゃダメ」ということだったので、それなりの理由があるのだろう。
見るからに酒豪そうだと思っていただけに、意外だった反面納得もした。

《こうやってワインは造られるのだ》

ワイン樽

《様々な種類のワインを味わう》

テイスティング1

《至福。》

テイスティング2

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カナダ旅行記 8日目 ⑤ 〜小さな町の冒険〜

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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