カナダ旅行記 8日目 ⑤ 〜小さな町の冒険〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜

カナダ旅行記 8日目 ① 〜Xデーの朝〜
カナダ旅行記 8日目 ② 〜氷の世界〜
カナダ旅行記 8日目 ③ 〜前哨戦〜
カナダ旅行記 8日目 ④ 〜ワインの飲み方〜

最後のテイスティングは、ナイアガラといえばこれだというアイスワイン。
もともとはドイツで生まれたワインだが、今ではナイアガラも有名なアイスワイン産地になっているらしい。
アイスワインとは、ワイン用の葡萄に敢えて冬を越させ、凍らせた果実の中で凝縮した果汁だけを取り出して作られる、とびきり貴重で高級なワインのことだ。グラスに注がれるアイスワインは、一滴で100円の価値があるとも言われるらしく、その価値にふさわしくキラキラと金色に輝いていた。

口に含めると、蜜のようなとろりとした濃密な液体が舌に絡み、まさに凝縮された果実の甘味が口いっぱいに広がった。さらにもう一口飲むと、普段眠っている僕の中の細胞という細胞がザワザワと動き出し、我先にと極上の液体を欲した。
喉を通り過ぎる時には、潤いへの充足と、宝石のような一滴へのさらなる欲望とで僕はおかしくなってしまいそうだった。

あっという間に飲み干してしまった。夢を見ているみたいだった。
いや、下手な夢なんかよりもずっと幸せな瞬間だった。ナイアガラの厳しい冬を越す葡萄たちの核にあるわずかな果汁。
僕は一瞬にしてアイスワインの虜になった。隣で例のオジサンがためらいもなくアイスワインを流してしまった時は、結構本気で蹴飛ばしてやろうかと思った。

さて、こうして僕は上手く教育された状態でワイン売り場に案内された。
もちろん試飲したアイスワインを1本(僕はこれをハーゲンダッツのバニラアイスクリームにかけて食べるのだ。絶対に)、そして他にもここだけでしか売られていないアイスワインが3本あったのでそのうちの1本、父親には7年モノの赤ワインを購入した。
3本のワインが包まれているのを見る間、僕はまだ夢見心地だった。
まだ喉の奥に残る余韻を楽しむため、妹が水を薦めてくるのを固辞したほどだ。今思い返すと結構酔っていたのかもしれない、あらゆる意味で。

気持ちのいいほどの青空の下、萩カーは次なる目的地へと出発した。そう、僕たちが今回最も楽しみにしている「ナイアガラ・オン・ザ・レイク」の街を自由散策するのだ!
ナイアガラ・オン・ザ・レイクの街は、イギリスの名残が色濃く残るオールドタウンだ。住民の要望で大きな観光バスは乗り入れ禁止になるなど、静かで上品な雰囲気の残る街だと聞いている。

僕のテンションはこの辺りでかなり危ない感じに高くなっていた。萩さんは気を利かせてナイアガラ・オン・ザ・レイクを車で一周し、お勧めのお店なんかを教えてくれたり、オンタリオ湖の畔まで回ってくれたりした。僕は一旦深呼吸をし、1時間という限られた街散策に繰り出した。

まずは、絶対に行こうと妹と話していたお目当てのオーガニックジャム屋さんに3人で入店した。
”GREAVES”と名のつくその店が漂わせる歴史的重厚感と、ずらりと並ぶ大小様々なジャムの瓶に僕は一発でノックアウトされた。
僕はこういうオーガニックのジャムだとかメープルだとか、うまくカテゴライズできないけれど、そういうものにとにかくいちいち目がない。水彩画タッチで描かれた色とりどりの果物ラベルをまとい、ジャムたちは行儀よく棚に並んでいた。
アプリコット、いちご、桃、りんご、ラズベリー、キウイなど種類豊富な果物のジャムは見ているだけであっという間に時間が過ぎていくみたいだった。

こぢんまりとした店をちょうど3周ばかり徘徊した後、僕たちは洒落た木の籠いっぱいのジャム、メープルポップコーン、メープルビネガー(メープルビネガー!)なんかをたんまり買い込んだ。
切り続けられるクレジットカードに同情にも似た背徳感を感じないでもなかったが、こういう時のために僕は普段比較的質素な生活をしているのだ。
家族的な範囲ではなく、個人の可処分所得的範囲で、ということだが。それに、こういう気の利いた土産物をスーツケースから披露し、残りの家族に旅のあれやこれやをほとんどまくしたてるように共有している時間こそが、僕が旅行それ自体よりも愛する時間であるのだ。
僕は頭の中で、今しがた買い込んだばかりのジャムを片っ端からヨーグルトにかけて食べる自分を想像し、帰国までの時間を思わず指折り数えた。

次に僕たちが向かったのは、カナダで最も美味しいというアイスクリーム屋さんだ。
ただし、ここでいう「最も美味しい」というのはあくまでも商業的かつ主観的文言であり、君がそう信じることでのみ成り立つ最大級であることを付記しておかねばならない。
店に入ると大きなホルスタインの模型が僕たちを出迎える。こういった動物的食物連鎖をありありと見せられることにいい気がしない人もいるだろう。僕もどちらかというとそういう傾向が強い。しかし、この時の僕はそんなことにいちいち眉をひそめるにはあまりにもすっかり舞い上がってしまっていた。

ちゃっかりと一人一回ずつ味見をさせてもらってから、僕たちはそれぞれ好みのアイスクリームを購入した。
妹はチョコレートミント、伯母はベリー系、そして僕はもちろん、あぁ、思い出しただけでとろけそうになる。もちろん、「メープルウォルナッツ」だ。
ちょっとばかし砂糖のかかりすぎたコーンに、たっぷりとアイスクリームが載せられる。明るい楓色に染まったメープルアイスクリームに、これでもかというほどのくるみが混ぜ込んである。
僕らは例のごとく少しずつ交換し合ったが、もう断トツで、文句のつけようもなく僕のやつが最高に美味しいアイスクリームだった。「カナダで一番」という都合のいい思い込みがさらに良いスパイスになり、僕は至福のひと時を過ごした。
「やっほーい!カナダ最高!」すかっと晴れた空色の下、スキップせんばかりの気分でアイスクリームを食した僕は出し抜けに凍え出した。いや、実際に急に気温が下がってきたのだ。

《とろけちゃうくらい美味しかった》

ナイアガラいちのアイスクリーム屋

《こいつはちょっとリアルすぎた》

ホルスタイン

《GREAVESという、オーガニックのジャム屋さん》

GREAVES

続きを読む
カナダ旅行記 8日目 ⑥ 〜旅の満ち潮〜

The following two tabs change content below.
ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。