カナダ旅行記 8日目 ⑥ 〜旅の満ち潮〜

《バックナンバー》
カナダ旅行記 1日目 〜行きはよいよい〜

カナダ旅行記 8日目 ① 〜Xデーの朝〜
カナダ旅行記 8日目 ② 〜氷の世界〜
カナダ旅行記 8日目 ③ 〜前哨戦〜
カナダ旅行記 8日目 ④ 〜ワインの飲み方〜
カナダ旅行記 8日目 ⑤ 〜小さな町の冒険〜

結構いい時間になってきたこともあって僕と妹はバスの方に向かい始めた。伯母は湖を見に行くと言って途中から別行動を取っていたのだ(こういう自由気ままかつアクティブなところが母そっくりだ)。
途中立ち寄ったベーカリーで妹が好みの男性を発見したらしく、僕はバックに彼が映ることをメインとした、ピンボケ写真のモデルを務める羽目になった。
彼女はとにかくミーハーで、日本語が通じないのをいいことにことあるごとに「今私の隣にいる人、すごくかっこいい。ね、見た?」などと僕に問いかけるものだから、僕はその度に申し訳なさそうに首を横に振らねばならなかった。妹のそういう一面を見るのも、悪くないのだけれど。

いかにもツアーらしい駆け足の観光が終わり、僕たちは車に戻った。
同じツアーに参加していた女性のうちの一人と少し話をする機会があった。彼女は半年前からバンクーバーでワーキングホリデーをしていて、つい数週間前からナイアガラに移ってきて仕事を始めたらしかった。
車内のオヤジギャグの嵐に愛想よく笑っていた彼女は底抜けに明るく見えたが、半年間の海外暮らしを経てそろそろ日本が恋しくなってきたのだと僕に話してくれた。僕はライムのような味のきつい炭酸水を一気飲みした時みたいに胸がぎゅっとなった。

まず第一に、カナダというこの土地でしっかりと生きている人々の場所に観光気分のまま土足で入り込んでしまっているような心地がしてなんだか落ち着かなくなった。僕はここで眠りながら、夢を見ながら何かをなぞっているだけかもしれない。
第二に、僭越ながら僕には彼女の気持ちが痛いほどわかったのだ。海外に出ると決めた自分。思いのほか困難がたくさん待ち受けている現実。楽しいことをきちんと楽しめているのか、また楽しまなければ自身の決意に水を差すことになるのではないかという漠然とした不安。それでもやはり母国を恋しく思う気持ちが止められない。ちょうど次の段階の決意や態度を決めているところなのだ。いやそんなことは全くなくて、僕の勝手な推測に過ぎない可能性だって大いにありうるのだが。

さて、楽しかった日本語ツアーのご報告はここでおしまいとなる。というのも、やはり例のごとく帰りの車の中でも萩さんの調子のいい漫談と威勢の良いツッコミ、やや控えめになった談笑が繰り広げられていた。しかしやはり例のごとく、僕は萩さんの話よりも外を走る車がどれもこれもひどく泥だらけであることに気を取られていた。

総じてまとめると、僕はこの短いツアーに心の底から満足していた。どれもこれも楽しく素晴らしい経験だったし(僕はこの日、途方もなくカシャカシャとシャッターを切り続けた)、たくさんの土産物も増えた。参加していた人もみないい人だったし、日本人の国民性からか全員がしっかりと時間通りに動いたため、美しいまでに予定通りに進んだ小旅行だった。
僕は何よりも「予定通り」を好むし、急な予定変更やハプニングを何よりも嫌う。この性分をなんとか宥(なだ)め賺(すか)さないとずいぶんと毎日が暮らしにくいのだが、それはこれからの努力目標ということで。とにかく気持ちのいい、星5つのハピネスデーだった。

集合場所だったホテルの前で解散した後、僕たちは時間をかけてホテルまで戻った。気が緩んだのか僕は猛烈に疲れを感じ始めていたし、明日からの大移動のために少しでも体力を回復しておかなくちゃならなかった。
伯母が親切にもリカーショップまでお酒を買いに行ってくれている間、僕と妹はさっさとシャワーを浴びてしまった。
疲れを取るためにバスタブにお湯を溜めてみたのだけれど、このホテルの(というか欧米の傾向として)バスタブは随分と浅い作りになっていたので、僕はかえって寒い思いをした。それに偏見的立場から言わせてもらうと、ちょっぴりだけ不衛生だった気がした。

それはともかく、熱いシャワーを浴びてさっぱりした後はナイアガラの滝を見ながらの最後の晩餐となった。この辺りになると、ナイアガラの壮大な景色も結構見慣れてしまった。
僕という人間は、つくづく罰当たりで身勝手で傲慢だと思う。ナイアガラの滝を3日目にしてありがたがらなくなってしまうということにおいて。食事自体は簡単なものだったけれど、伯母が奮発してくれたカナディアンビールやライムのおかげで随分と豪華な食卓になった。

僕はビールを飲まない(飲めない)人間だけれど、カナディアンビールは随分さっぱりとした飲み口で結構ゴクゴクいけた。ライムのお酒もかなりいけた。夕食の最中にちょうどナイアガラの滝がライトアップされ、僕たちはナッツを頬張りながらなんだかしみじみとした気持ちで非日常の締めくくりを味わった。味わいつつ、僕は眠りに落ちた。少しばかり飲みすぎたのかもしれない。

ここに来て何回目かの夢を見た。大体は起きる頃には忘れてしまっているけれど、今回の夢は確か小学校の同級生(男)と結婚するだとかそんな内容だった気がする。それが男であれ女であれ、僕はあまり言うところの「恋愛感情的に」人を好きになることがない。
僕だって人並みに好き嫌いはあるし(結構激しい方かもしれない)、好きな人はとことん好きだし、苦手な人はあまり積極的に近づかないが、どうもそういうのとは違うたぐいの感情が存在するようだ。こういう話になると僕はとたんに困ってしまう。せっかく仲良くなっても、恋愛が絡みだすと距離感がうまく掴めない。僕はそもそも誰かに必要以上に内面を曝け出すことを好まないし、いろいろな物事において人と歩みを共にできない。
23歳にだってこういう人間はいるのだ。恋愛なんてたくさんあるうちの愛情表現のひとつだし、別になくたって死ぬもんじゃないし、でもそれなしでは人生は味気ないって君は言うんだろうね、きっと。

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カナダ旅行記 9日目 〜あなたは命の恩人です〜

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ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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