伊勢旅行記 〜夏の終わりの贅沢な旅のお話〜【序章②】

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伊勢旅行記 〜夏の終わりの贅沢な旅のお話〜【序章①】

「お伊勢参り」「お伊勢さん」「伊勢神宮」
何度となく耳にしてきた言葉だけれど、わたしにとっては未知の世界だった。一度行ってみたいとは思っていたけれど、二年前の式年遷宮の盛り上がりを見て、何だか気持ちが萎えてしまった。きっとわたしは、「ミーハー」って種類の人たちの真反対を生きているのだろう。
そもそも、どうして今回伊勢に行くことになったのだろう?

わたしよりも忙しい妹が、やっと二連休を取れた。働き始めてから、わたしたちは前のように「時間セレブ」などとは言っていられなくなった。新しい環境に心と体がついていけずに、わたしは調子を崩し、強いはずの妹だって、限界を迎えそうだった。

どこか、とびきり素敵な宿で、美味しいごはんを食べて、温泉につかって、何もかも忘れて、ゆるやかに流れる時を。働いていたって、自分はどんどん貧しくなるみたいだと思いそうになっていた。みんなこんなもの。わたしだけが甘えて生きるわけにはいかない。そんな毎日にふっと訪れた、自由な時間。

妹と密かに立てたプランは、それだけだった。その二日間の都合を何とかつけた両親は、旅サークルで出会った二人だった。合わないように見えて、彼らは揃って詰め込んだ旅行を愛する。忙しくあれこれ見たがる。妹とわたしは、観光なんて実はどうだっていいのだ。そんな心配は多少なりともあったけれど、二人は二人の好きなようにすればいい、そう結論づけ、結局四人で行くことになったのだ。

車で三時間以内。それがわたしたちの決めた、移動の天井だった。それだけを条件に、それぞれが宿を探した。質より量を求めていた学生の頃とは違う旅がしたかった。贅沢すぎなくてもいい、けれど、こだわるところにはちゃんとこだわる旅を。
妹とわたしが見つけた宿は、悪くなかった。全然、悪くなかった。少し場所は不便だけれど、とびきりの部屋と、美味しいごはんにありつけそうなところ。

父が見つけてきた宿は、ちょっとわたしたちの予算を超えているところだった。
伊勢神宮のすぐそば。
お風呂がたくさんあって、おまけに部屋に露天風呂もついていて、サービスがとても充実していた。
こんな時に、父の経済力を見せつけられる。
結局、観光やら部屋やらごはんやらのバランスを考えて、思い切ってそこに決めた。誰も生理がかぶりそうになかったことも、決め手だったかもしれない。女の子の旅は、結構大変なのだ。

「小さい頃は、お金がなかった。旅費が家族全員で1万円かからないくらいの、オートキャンプ場に行ったものよ。テントで寝たの、覚えてる? とにかくお金がなくて、それでもあなたたちを楽しませたかったの」
そう言って、母はわたしたちが子どもを産むことを恐れさせる。
「でも、あれはあれで、本当に幸せだった。本当よ。あの頃にしかできない、ああいうこと」

わたしたち姉妹は、そういう「あの頃」をこれから通って行くのかもしれないなぁと思うと、何だか不思議な気持ちになった。
そして何より、その宿はウェブサイトが素敵だった。こういうところに、時代ってやつを感じる。ビジネスというものを感じる。ビジネスと、おもてなしやおもいやりは切っても切れない関係なのに、あるポイントで矛盾を抱える。

家族で旅行に行くことは、いつも一緒にいる人たちと、家以外のところでご飯を食べて、一緒に眠ることは、素敵なことだなあと思う。
そんなわたしたちの、急がないけれど贅沢な旅のお話。

続き↓
伊勢旅行記 第1章① 〜日常からの旅立ち〜

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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