伊勢旅行記 第1章② 〜伊勢神宮 外宮〜

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伊勢旅行記 〜夏の終わりの贅沢な旅のお話〜【序章①】
伊勢旅行記 〜夏の終わりの贅沢な旅のお話〜【序章②】
伊勢旅行記 第1章① 〜日常からの旅立ち〜

気が付くと草津にいた。どうやらぐっすりと眠り込んでいたらしい。

「日本のトイレは、世界に誇れるものだ」
そんなフレーズが飛び交うようになってから、日本で見かける公衆トイレはますます磨きがかかった気がする。人間がどこにいたって何をしていたって、必要な存在であるトイレが観光名物。悪くないんじゃないか?

高速道路は空いていた。車窓からぼうっと田畑を見ながら、母親のマシンガンのようなお喋りに耳を半分だけ傾けて、わたしは内臓が後ろに持って行かれないように注意していた。自転車よりも早い乗り物に乗ると、わたしの体の中身はいつも少し遅れてわたしについてくる。慣性の法則に嫌われた女。自分をそう定義して遊んでみる。

そんなお馬鹿な妄想を繰り広げるうちに、車は高速の出口を出ていた。ここから伊勢神宮の外宮までは車で数分だ。あっけない。都会と神域がほとんど隣り合わせにあるという事実は、わたしがうまく現実を抜け出すのに少しだけ邪魔をする。

京都にある下鴨神社の糺の森が好きだ。しん、とした中に道が一筋。その道を見守るように、あるいは畏敬の念を込めてのけぞるように整列する木々。伊勢神宮の外宮は、わたしに糺の森を思い出させた。

日本で一番えらい神様のいるところ。
そう聞いていたわりには、拍子抜けしてしまうほどのシンプルな作りだった。

そんな中で、異様にわたしの興味を引いたのは、池のそばにある大きな石だった。ぽつり、ぽつりと、ほとんど完璧な円の形をした穴がいくつも開いている。
それは、分厚い氷の中に熱したパチンコ玉を乗せた時のように、まあるくえぐれていた。まるくえぐれる。その奇妙な響きの正体は、上を見あげた時に合点がいった。

その日の朝は、雨が降っていた。わたしたちが伊勢に着く頃には運良く雨はあがっていたけれど、木々からはしずくが滴っていた。おそらくは、この石のちょうど真上にある木の葉からこぼれ落ちたしずくが、何百年もの時を経て、それこそほとんど永遠とも思えるような時間をかけて石を削っていったのだろう。
そんな小さな発見を妹に話すと、「その上に小石が乗っかっていて、みんなが踏んでいるうちに穴が開いたんだよ」と一蹴される。

わたしは、妹のこういうところがたまらなく好きだったりする。わたしの感じる、そして考えるようには、妹は決してしない。彼女は直感で生きる人だから、こんな風にあれこれ考えて、思いを巡らせたりはしないのだ。
けれど、わたしたちは、まるで凸凹を埋め合うみたいに、ぴったりと合う。それはあるいは、妹の大きな器に、わたしがすっぽりと収まっているだけの心地よさかもしれない。
妹は深くて、何でも知っているように見える。きっとこの人は、わたしみたいに考えたり分析したりする段階を経ずに、ストレートにものごとの核心を見つけられてしまうような人なのだと思う。だから、表面的には普通の観光客と同じように振る舞いながらも、見ている世界は深い。わたしは、彼女のように生きられたら、きっともっと楽に生きられるのにな、と思うことがある。
そんなことを言っても、わたしはわたし以外の何者にもなれないし、わたしは最近になって、結構「自分」という容れ物を気に入りだしている。これだって、もう蒸発しちゃうくらい考えて、それでもたくさん計算間違いをして、ぺちゃんこになりそうなくらい踏ん張った末の成果なのだ。ひとまず今のところは、今のわたしでいいのだと思う。がんばらなくても。

式年遷宮の時期に伊勢に行った妹は、外宮は初体験だったらしい。外宮は内宮に比べてちょっとマイナーな存在だけれど、神々の食べ物を司る神様がいるらしい。衣食住の神様だ。地味かもしれないけれど、大切な存在。

色々なことを忘れて、どんどんと願い事を増やしていくばかりの人々の、生きる根本があるところ。どんなに賢くなっても、娯楽を考えても、難しい議論をしても、戦争の作戦を立てても、これがなくちゃ生きていけないのだ。わたしはここの神様に親しみを覚えた。
そんなことを言ったら、罰が当たるかもしれないな。
畏敬の念を覚えた、と訂正しておく。

伊勢神宮 外宮へと続く道
伊勢神宮 外宮

これは、絶対にしずくのあとですよね?
しずくのあと

続く↓
伊勢旅行記 第2章① 〜新しい、いにしえの宿〜

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
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