伊勢旅行記 第4章① 〜おもてなしと欲。夜鳴きそば〜

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さて、胃も満たされたところで、と言いたいところだが、話はこれで終わらない。確かに、夕食は十分な量であった。わたしにとっては。それに、願わくば他の3人にとっても。
ただ、確かに若くてよく食べる家族の胃を満たすには、いささか物足りないものであったかもしれない。宿のランクからしても、熟年の夫婦がゆったりと時間を過ごすのに向いていそうなところだから。

そんなことにも、この宿はしっかりと配慮している。夜の22時から、例のお迎え処「花桜」にて、夜鳴きそばが提供されるのだ。本来は、夕食が17時半からの部の人たちのお夜食として提供されるのだが、夕食の後に仲居さんから「あっさりしているので、よかったら食べて帰ってくださいね」と声を掛けてもらった。
改めてこの宿は、素晴らしい。付きっきりでお世話をするわけではなく、選択可能なサービスがそこら中にあふれている。それも、わたしたちの思いを先読みする形で。あるいは、思いもよらないような形で。

これからのサービス業のあり方の、最先端を見ている気がした。モノやサービスに溢れ、ある意味で飽和しきった状態の今の日本は、これからどこに向かうのだろう。欲は絶えず、消費は生み出され続ける。
ただそこに一点、希望的観測を見出すとすれば、これからの消費活動はある意味で「淘汰」の時代に突入するだろうと思う。巨大企業が生活に必要最低限のサービスを安価に画一化させてゆき、人口が減り、それでも経済を回さねばならない。

そんな時に、人々はどこに「特別な物語」を見いだして行くか。人は、自分の物語のために、他とは違う何かを求めて、娯楽を消費する。そんな中で確実に差異をつけ、残っていくところは、きっととびきりいいモノやサービスに違いないのだ。
だってそうでもなければ、人はもう満足できない。
求めることが自分の首を真綿で締めていることになろうとも、人は求めることをやめられない。
心地いい、見ようによっては行きすぎたとも言えるサービスを横目に見ながら、わたしはどこか冷めている。お酒を飲んだせいだろうか。

両親と妹は、夜鳴きそばをすすっている。

「ねえ、どうして『夜鳴きそば』っていうの?」
「あれだよ、夜にラーメンの屋台が来てさ、パララ〜ララ、パラララララ〜って鳴らすだろ? それが夜鳴きってことなんだ」
「なるほど」
父は、物知りだ。

「覚えてる? 昔、あなたたちがせがんでせがんで仕方がないから、屋台のラーメンを買ってあげたのよ。一杯500円もしたのに、あなたたちったら『まずい』って言って食べなかったの」
母は、最近特に思い出話が多くなった。
この人たちは、本当に元気だ。父は普段平気で朝と昼を抜いたりするのに、こういう時はよく食べる。食べ溜めができるタイプなのだろう。

彼らと「家族」という関係であることに、奇妙にくすぐったい思いと、安堵感と、寂寥感を覚え、何とも言えない気持ちになる。

続く↓
伊勢旅行記 第4章② 〜言葉のお守り。ひとりの時間〜

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