伊勢旅行記 第6章① 〜伊勢神宮の早朝参り〜

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この宿には、秘密の通路がある。
宿から歩いて内宮に行くまでの、裏の抜け道。それは今この瞬間だけわたしたちにその姿を見せてくれているみたいに、そうっと開かれた小さな扉の奥に続いていた。まだほの暗い中、細い石段の小径をとんとんと下っていく。

「涼しくなったねえ」
「秋だねえ」
「暑い。暑い。」
家族の間の、物理的な体感温度差によるコミュニケーションの齟齬さえも、心地良い。

五十鈴川に架かる新橋を渡ると、朝から活気づく店がひとつ、見えてきた。そう、「赤福本店」。ここは、なんと朝の5時から営業を始める。
「お参りの帰りに食べようね」
そう言って、わたしたちは内宮の方へと足を向ける。

当たり前のように、通りの店のシャッターはまだ閉まったままだ。その中でひとつ、空いている店があった。
おはらい町通りと呼ばれる、内宮へ続く通りの景観に馴染む、茶色い看板。
しかしよく見るとそれは、24時間営業のコンビニだった。
ああ、とわたしたちは苦笑いする。ここにも、紛れもなく現実があって、人々の日常があって、だからこそわたしたちはここで息をしている。コンビニを見て、そんなことを思い出すなんて。

内宮へは、いくつもいくつも鳥居をくぐった。
ここは何だか他の神社と違う。それは昨日外宮に行った時にも感じていたのだけれど、うまく言葉にできないでいた。

今やっとわかった。ああ、そうか。ここには、余計な色がないのだ。

鳥居には、素朴な白木がそのまま使われていた。それがなんだか、ここを私の知る神社とは一線を画するものにしていた。赤くない鳥居。その時はあまり気にもとめなかったけれど、何だかあまり厳粛すぎないその雰囲気に、戸惑いさえ覚えていた。

後で調べてみると、鳥居が赤いのは神仏習合の名残で仏教の影響が残っているところで、もともと神社の色というのは、神聖な意味合いを持つ白木の色だったそう。だから、内宮の中は、白木で作られた建物と、程よく手入れされた緑とがあるだけだった。

そのシンプルさは、「神聖な神社の中」にいるというよりも、「自然のど真ん中」にいるような気持ちにさせた。最も神聖なものは、あるいは自然そのものなのかもしれない。人間がいくら好き勝手しようと、決して抗えないもの。支配できないもの。そこにこそ、「神」と崇められるものが宿るのかもしれない。

深く息を吸い込む。木々のいい香りがする。自分が普段、如何に浅い息の中で暮らしているかを思い知る。息を詰めていたかを。
頭の先から足の爪に至るまで、まっさらで手付かずの空気が行き渡る。満たされる。
いくら食べても、どれだけ眠っても満たせない種類の、生き生きとしたエネルギーが、わたしの体いっぱいに満ちる。

毎日たくさんの人が足を運び、たくさんのエネルギーを満たして帰ったとしても、それでもとめどなく、この木から、踏みしめる砂利から、鳥居から、神殿から、どんどんと溢れてくる。

歴史的な小難しい知識なんて、入れずに来てしまった。失礼なことかもしれないけれど、そこに回すエネルギーさえ枯れかけていたのだ。どうだっていいや。そんなわたしにも、ちゃんと分けてくれる。誰だかわからないけれど、日本で一番えらい神様。

人もまばらな静かな伊勢神宮は、そういう思考が入る隙を許してくれた。無にはなれないけれど、静かに思考する時間。混雑していると、こうは行かない。

宿から伊勢神宮へ通じる秘密の入り口
秘密の通路入口

とんとん、と階段を降りてゆく
宿からの秘密の階段

余計な色のない、自然の色
内宮の鳥居

まるで「しん」と音が聞こえるかのようだった
しんとした伊勢神宮内宮

続く↓
伊勢旅行記 第6章② 〜神様へのお願いごと〜

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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