伊勢旅行記 第7章 〜作りたての赤福とその由来〜

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外宮と内宮をお参りした。
これでひとまず、わたしたちの今回の旅行の主要な目的である「お伊勢参り」は達成したことになる。ちょうど小腹も減ってきた。太陽はすっかりその姿を見せ、じりじりと暑くなってくる。

おはらい町通りを歩いていると、右手の方向に光を感じる。そちらを見やると、五十鈴川に朝陽が映り、きらきらと輝いているのだった。あくまでも個人的な好みだけれど、水に映る太陽は、本物の太陽よりも美しい気がする。そして、同じことが月にも言える。なにかをやり遂げた後のような清々しさと、いつもより太陽を身近に感じた幸せに浸りながら、おかげ横丁の入り口まで来ると、行きに見た時よりも混雑した「赤福本店」が現れる。

いよいよだ。和菓子の中でも特に大好きな赤福を、出来たてで食べられる瞬間。なんだかんだ言って、わたしの体にもちゃんと胃は存在する。ああ、待ちきれない。これでこそ、たっぷり一時間歩いた甲斐があるというものだ。

お召し上がり「盆」、という商品名で、3つの赤福と番茶がついてくる。価格は290円。なんて良心的な価格。わたしたちは4人いたので、2セット頼んで分け合うことにする。レジの隣では、若い女性たちが一つひとつ手作業で赤福の餅に餡を付けている様子が見られる。

「全部手作業なんだね」
「すごい、流れるように包んでる」
「あのこし餡の形も手で作るんだ!」
母が一人でしゃべっている。

「あの餡の形は、手でしか出せないのです」
隣から、店長らしき人物が説明を加えてくれる。
「商品を作るまでに一年間、修行をさせます。そのくらい、繊細な作業なのです。赤福の由来はご存じですか? これは、目の前を流れる五十鈴川のせせらぎをかたどったものなのです。餡につけた三筋の形は清流を、白いお餅は川底の小石を表しています」

幾度となく観光客に説明してきたであろう台詞を、この瞬間だけはわたしたちだけに向けて話してくれる。
この人は、本当にここのお菓子を誇りに思っているのだなぁ。
そういう姿を見ていると、数年前に起こった食品衛生法関連の営業休止騒動が嘘みたいに思えてくる。

確かに、お金を取って比較的広範囲で食べ物を売る以上、そして時代がそれを求める以上は、その安全性は厳しく管理されるべきなのだろう。
近年は消費者の求めるレベルがいささか高過ぎるように思えなくもないけれど、利益を求める企業が食品をずさんに扱う流れを阻止するには、それも致し方ないのかもしれない。
食品への異物混入がイベント化しているような昨今、生産者と消費者が互いに牙を向き合って、あら探しをしたり騙し合ったりしているのを見ると、どこに真実があるのかわからなくなる。

店内からは、目の前の五十鈴川が見渡せるようになっている。朝陽を受けて輝く、五十鈴川。穏やかな川の流れ。
赤福を作った人は、この平和な光景を見て、それが続くようにと願いを込めて、自然な流れでこの赤福を手作りで作っていたのだろう。今から三百年も前。おかげ参りをする人々が足を休め、一息着く場所と、そこに添える美味しいお菓子として。

出来立ての赤福が運ばれてくる。番茶は、温かいものと冷たいものが好きに選べた。
わたしはまずは温かいお茶をいただくことにする。三重県産の伊勢茶だというそれは、わりにしっかりと苦かった。

お箸を使い、赤福を持ち上げる。今まで何気なく見ていたこの形が、一つひとつ手で描き出された五十鈴川の清流だと思うと、何だか気の持ち方が変わってくる。朝陽を受けて、余計に輝いて見えるそれを、しばし眺める。
たぶん、お箸で赤福を持ち上げて、こうして眺めているこの瞬間が、いちばん幸せなのかもしれないな、とマイペースなわたしはじっと考える。

そっと口に含むと、さらりと舌の上で溶けるこし餡の間から、出来たてゆえの柔らかいお餅がのぞく。赤福って、こんなに伸びるお菓子だったか。
ため息が漏れる。

こんなのを体験したらもう、駅の売店で売っている赤福を食べられなくなるかもしれない、と余計な心配が頭をよぎる。

それにしても甘い。とてつもなく甘い。番茶があれだけ苦いのも頷ける。1つの赤福でお茶を二杯飲み干してしまった。
「夏は特に甘くしなくちゃ、腐りやすくなっちゃうのよ」
春から和菓子の製造会社で働いている妹が言う。なるほどなるほど。

5つくらい食べる気でいたけれど、これは1つで十分だ。けれど、海外のお菓子のように、頭がキインとなるほどの甘さではない。嫌に舌に残る甘さでもない。このあたりは、さすがだとしか言いようがない。
結局、両親が2つずつ食べ、わたしたち姉妹は1つしか食べられなかった。でも満足。大満足。

赤福本店。さすがに歴史を感じさせる佇まい。
赤福本店

店内は、縁側のようなところに腰掛けることもできるし、中の座敷のようなところに上がることもできる。
赤福本店店内

さらりとした餡と、やわやわなお餅がたまらない。
出来立ての赤福

店の中から眺める五十鈴川も、また格別。
店内からの眺め

続く↓
伊勢旅行記 第8章 〜まどろみと二度目の朝。朝食〜

投稿者プロフィール

ちひろ
ことば、文字、文章。
それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。

文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。
そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。
私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

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