伊勢旅行記 終章① 〜お伊勢さんには人が集まる。時の流れのこと〜

はじめから見る
伊勢旅行記 〜夏の終わりの贅沢な旅のお話〜【序章①】
伊勢旅行記 〜夏の終わりの贅沢な旅のお話〜【序章②】
伊勢旅行記 第1章① 〜日常からの旅立ち〜
伊勢旅行記 第1章② 〜伊勢神宮 外宮〜
伊勢旅行記 第2章① 〜新しい、いにしえの宿〜
伊勢旅行記 第2章② 〜消え行く緊張と現実感〜
伊勢旅行記 第2章③ 〜お風呂三昧〜
伊勢旅行記 第3章 〜本当に素材を活かす料理とは〜
伊勢旅行記 第4章① 〜おもてなしと欲。夜鳴きそば〜
伊勢旅行記 第4章② 〜言葉のお守り。ひとりの時間〜
伊勢旅行記 第5章 〜早起きと伊勢のかたぱん〜
伊勢旅行記 第6章① 〜伊勢神宮の早朝参り〜
伊勢旅行記 第6章② 〜神様へのお願いごと〜
伊勢旅行記 第7章 〜作りたての赤福とその由来〜
伊勢旅行記 第8章 〜まどろみと二度目の朝。朝食〜
伊勢旅行記 第9章 〜旅の中で、旅に出るということ〜

ほとんど11時きっかりにチェックアウトを済ませ(父がいると、このへんの時間管理は完璧に近いものになる)、改めて旅館の人と父にお礼を言う。
こんな贅沢じゃなくてもいいから、まだまだ家族で旅行に来たい。わたしはわがままな子どもでいたい。この時間を、終わらせたくない。
いや、まだ旅行は残っている。今は、今を楽しむことに集中しよう。

朝の静けさからして、車を停める場所なんて簡単に見つかるだろうと高をくくっていたわたしたちは、少しばかり驚くことになる。朝はあんなにも静かだった内宮の周りは、人でいっぱいになっていた。

「お伊勢参り」
古くから人々が足を運び続けてきた伊勢神宮が、確かに見えた。ここは今でも、わたしたちの心を惹きつける。
あるいは昔と今ではその訪問の持つ意味みたいなものは違っているかもしれないけれど、人が集まる場所には、それなりの理由がある。
伊勢神宮は、たくさんの人が砂利を踏みしめ、その中をぐるりと歩く気配、話し声、太古を感じさせる木々に漏れるため息なんかも含めてそれなのかもしれない。

けれどきっと、わたしはそれじゃ、この場所を十分に感じられなかったことだろう。
人が多いことは、わたしにとっては受け入れて処理する情報が多すぎるということを意味する。神様が霞んでしまいかねないくらいに。それに、混雑しすぎている場所を好き好んで選ぶ人は、あまりいないと思う。たぶん。

わたしたちは朝のうちに内宮を参ってしまっていた自分たちを褒め、おはらい町通りの隅にある市営駐車場になんとか駐車場所を見つけた。

遅い時間に朝ごはんたくさん食べ過ぎたせいで、4人の胃袋はすっかりスポイルされていた。幸か不幸か、人間というものは、常に満たされた状態でいることは不可能だし、またそれを目指そうとする試みも無駄に終わる。適度に規制をし、時たまスポイルする。この生命体には、それくらいがちょうどいいのだ。

そういうわけで、まずわたしたちはそれぞれ地図を片手に、個人行動を開始することにした。好き勝手歩きまわって、お腹を空かせるのだ。

おはらい町通り、おかげ横丁は、朝の閑散とした雰囲気が嘘みたいに賑わっていた。
シャッター街を思わせた店の並びは、例外なく営業を開始していた。
人々はそこで腹を満たし、土産物を選び、お茶をすすっていた。これだけは、昔から変わらずここにある風景なんじゃないか。目の前の縁日で射的をする子どもと、テレビで見る時代劇の子役が重なる。

そうか。
ここでわたしは少し愕然とする。
わたしたちの知る「昔」は、結局のところ、現代の人たちが再現したそれか、絵や物を通して想像しているにすぎないのだ。

本当のところ、300年前のここはどんなふうだったのだろう。数えきれない足跡の上に自分が一歩をつけていくことが、時間の有限性と無限性の話を思い出させる。
時間はどこまでも遡ることができる。少なくとも、わたしたちが想像できる範囲ではほとんど限りなく。そういう意味では、時の流れは無限だ。けれど、時が流れるということは、そこに始まりがあり、ある方向に向かって進んでいるということ。無限の中に、流れというものは存在しない。そういう意味では、時は有限なのだ。

興味本位で読んだタイムマシンについての本の記述を思い出す。
時間が有限だとしたら。わたしたちの命の有限性とは全然別の次元で、時の流れそのものに終わりがあるとしたら、その次には一体何があるのだろう?

おかげ横丁は、混雑していた。京都のそれとはまた違った様子で。
おかげ横丁

続く↓
伊勢旅行記 終章② 〜家族それぞれの視点から見たおかげ横丁〜

The following two tabs change content below.
ことば、文字、文章。 それはとても恐ろしいものでもあり、うんと心強い味方でもある。 文字はマンガに劣り、写真は動画に劣ると言われる時代で、文字の集積だけがもたらしてくれる「情報」以上の無限の想像のための余白。 そんな文字の持つ力に心躍る方がいたら、ぜひ友達になってください。 私はそんな友達を見つけるために、物書きをしているのです。

新刊発売中!

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。