伊勢旅行記 終章② 〜家族それぞれの視点から見たおかげ横丁〜

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伊勢旅行記 〜夏の終わりの贅沢な旅のお話〜【序章①】
伊勢旅行記 〜夏の終わりの贅沢な旅のお話〜【序章②】
伊勢旅行記 第1章① 〜日常からの旅立ち〜
伊勢旅行記 第1章② 〜伊勢神宮 外宮〜
伊勢旅行記 第2章① 〜新しい、いにしえの宿〜
伊勢旅行記 第2章② 〜消え行く緊張と現実感〜
伊勢旅行記 第2章③ 〜お風呂三昧〜
伊勢旅行記 第3章 〜本当に素材を活かす料理とは〜
伊勢旅行記 第4章① 〜おもてなしと欲。夜鳴きそば〜
伊勢旅行記 第4章② 〜言葉のお守り。ひとりの時間〜
伊勢旅行記 第5章 〜早起きと伊勢のかたぱん〜
伊勢旅行記 第6章① 〜伊勢神宮の早朝参り〜
伊勢旅行記 第6章② 〜神様へのお願いごと〜
伊勢旅行記 第7章 〜作りたての赤福とその由来〜
伊勢旅行記 第8章 〜まどろみと二度目の朝。朝食〜
伊勢旅行記 第9章 〜旅の中で、旅に出るということ〜
伊勢旅行記 終章① 〜お伊勢さんには人が集まる。時の流れのこと〜

実際のところ、この混雑した小さな異空間で、わたしの頭はそれほどうまく機能してはいなかった。
ひとりで静かなところを歩いている時は、簡単に肉体を離れることができる。意図せずとも、いつの間にか空想の世界に身を委ねている。
けれど、こんなふうに、人を避けたり、店の情報をインプットする必要がある時には、わたしの頭はまた違ったふうにフル稼働する。

ぼうっとしてぶつからないように。
方向音痴が、悪さをしないように。
ちゃんと全ての店を把握できるように。

半時間もすると、わたしはぐったりと疲れていた。
どこにどんなお店があるのか、家族に教えてあげたい。ああ、職場へのお土産はどうしよう。職場以外の友達へのお土産は?
思い返すと、プライベートで友達と最後に遊んだのは、三ヶ月も前のことだった。
前はあれほど、旅行でお土産を馬鹿みたいに買い込んでいたのに。今はそれを手渡す人がうまく思いつけない。わたし自身、モノにこだわらなくなったし、生身の人そのものに会うにはいささか疲れすぎていた。

家族と合流し、次の作戦を練る。
妹は、わたしのことをわたしよりもずっとよくわかっている。
気づかぬうちに、もうすぐ今日の体力と気力を使い果たしそうになっていた。それを彼女は察し、みんなで足を休めることを提案してくれた。

この日は残暑が厳しく、とても暑い日だった。
甘夏のシロップがかかったかき氷、底に赤福が入った抹茶味の赤福氷、それに4人でひとつの定食を分けあった。

わたしたちの胃袋は、15年前に家族でキャンプに行った時よりも確実に老いている。人間にとって、時間は有限だ。
宇宙はどうだか知らないけれど、少なくともわたしたちの肉体は、しっかりと使い込まれていく。
わたしたちにできることと言えば、いかに手入れをしっかりと行い、消耗を遅らせられるかということだけである。そしてある場合には、精神の手入れのために、肉体は犠牲になりうる。

とにもかくにも、氷で涼を取り、体を休める。
まだまだ見て回りたいであろう家族に、申し訳ない気持ちになる。
わたしは、疲れやすい。友人と旅行をすると、どうしても無理をしてしまう。家族よ、すまない。けれどこればっかりは、どうしようもないのだ。

さして広くもないところだけれど、4人の行動パターンは驚くほど顕著にその性格を表していた。
その半時間の間、家族の女の子の部分を全部担っている妹は、真珠の店だとか、アロマキャンドルの店だとかに集中していた。地図を片手に全ての店の概要を制覇したつもりでいたわたしは、正直言って、そんな店があることにも気が付かなかった。
父は、家にいる祖父のために、いくつか気の利いた土産物屋をピックアップしていた。仕事ができる人間というのは、往々にして選択と集中が器用だ。
母はというと、用を足しに遠くの手洗いまで歩いて行っており(実はすぐ近くにもトイレはあった)、集合時間に10分遅れたということ以上、これと言って収穫はなさそうだった。社長という肩書は、案外こういうタイプの人が向いているのかもしれない。
肝心のわたしは、ざっと店をスキャンしたものの、お昼ごはんだとか、父の好みのお酒だとか、母の好きそうな食べ物だとか、職場への土産物だとか、その数だとか、そんなことが次々と頭に巻き起こり、結局のところ結論のようなものに辿りつけないでいた。

きいんと冷えた氷に、赤福の甘さが緩和されて、火照ったからだには最高の逸品だった。
赤福氷

おそばが美味しいところは、水のきれいなところだという。
定食

続く↓
伊勢旅行記 終章③ 〜実際的なおかげ横丁の歩き方〜

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