世界が絶対的な存在というよりもむしろ、人々の認識の総体によって構成されるものだとしたら、私にとって世界は文字の集積です。

文字によるコミュニケーションはけっして完璧ではありません。
それどころか、手に負えない誤解を量産し続けるだけの厄介ものに見えることさえあります。
リモートワークの普及などにともない、その認識は広がりつつあるような気がしています。

それでもやはり、文字は単なる肌のコミュニケーションの補完的存在ではないのです、たぶん。
愛する人の、偶然隣り合った人の、まだ会ったこともない人の、外から触れられない部分を直にさわることができる。

優しく撫でることも、小さなひだまりを作ることも、取り返しのつかないくらい傷つけることもできる文字としての言葉たち。

大切にすればするほど、
「ほんとう」を込めれば込めるほど、
文字たちは生きて力を持ち始めます。

文字が溢れているのに、文字そのものの力が弱まりつつある今。
生きた文字たちと暮らすことを、うんと楽しむこと。
そんな生き方がまだ残っているならば、どうにか守っていきたいのです。

出版作品

『レモンドロップの形をした長い前置き』

できることなら、十四歳という年齢はすっとばしてしまえるのがいい。
冬に元気をなくす母親と、影の薄い善良なフィンランド人の父親を持ち、ぼくは彼らの経営する瀬戸内市の小さなリゾートホテルで暮らしていた。ある時なんの前触れもなしに、ぼくにとって唯一の友達であったソウタが姿を消した。学校に行くことをやめ、代わり映えのしない平穏な日々を過ごすぼくの生活に、少しずつ影が落ちはじめる。

『レモンドロップの形をした長い前置き』
著者:田中千尋
販売形態:電子書籍のみ
販売価格:450円(※Kindle Unlimitedをご利用の方は無料で読めます)

長編小説

フィクションにしか語れない真実がある。

社会性を維持するために避けがたく繕われる現実の世界で、
細切れのオピニオンやストーリーが断片的に見え隠れし、わたしたちを慢性的な疲労へと留めおこうとする。

一見してエネルギーを消耗にしか見えない長編小説を手に取る人は劇的に減少した。
その役割は、短期的費用対効果という点において他のメディアに取って代わられつつある。

総体としてのまとまったストーリーだけが見せてくれる「ほんとうのこと」。

決して一般化されることのない具体性を備えた物語は、どういうわけかわたしたちの近くにいる。
ダヴィンチのモナリザが投げかける視線のように。

言葉の切れ端

物語でもない、日記でも考察でもない。
ふわふわと飛んでいたり、サッと通り過ぎていく言葉の切れ端たちを集めました。

小さなお話

1話完結のお話です。
一部のお話では、Amazonの商品を紹介する「広告小説(Adnovel)」という形態を採っています。

旅行記

筆者がこれまで行った海外旅行、国内旅行、日帰りのおでかけエッセイなどを置いております。
実際に役に立つ情報は少ないかもしれませんが、ご興味がありましたら読んでいただけるとうれしいです(^^)